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国産食材の現場、特に組織の働きを丹念に取材した労作

■『食材礼讃』(著 田口さつき・古江晋也 全国共同出版)

   著者は、農業協同組合、漁業協同組合と関係の深い農林中金総研の研究員。大手メディアでは取り上げられることの少ない国産食材の現場、特に組織の働きを丹念に取材して書き下ろした労作だ。大地の恵み8件、大海の恵み11件を題材に、安価な輸入品、大手流通網の値下げ要請、伝統的な野菜果物に対する一代交配種(F1種子)の普及など厳しい環境に創意工夫で挑む生産者と関係する組織の物語である。

伝統の価値と品質の価値

   各藩が参勤交代時に名産野菜を持ち込んだ江戸・東京地域は、伝統野菜の宝庫だ。農地が宅地に転換する中、JA東京中央会は委員会を設け、50品目を江戸東京野菜に指定し、千住ねぎ、亀戸大根などの普及に取り組んでいる。京漬物の素材で有名な日野菜は、生産者が8人にまで減少したが、地元滋賀県日野町の商工会が事務局となって販路拡大と商品開発に取り組み、生産者は60人に増加した。栽培法の研究、耕運、播種、肥料散布を生産者同士で助け合うことで、一人一人の生産面積はわずかでも産地として持続できる体制を作り上げ、10ヘクタール、100トンが目標となった。

   酪農の世界は、輸入品や大規模生産地との競争が厳しい。全国各地に小規模な産地があり、その一つが東京都だ。1999年に都内の生乳生産組織が一元化されたのを機に品質基準を一元化して「東京牛乳」をブランドにした。世界酪農サミットでは第一位に選ばれ、生産者の自信とスーパーでの販路拡大につながった。生乳の品質にこだわる青年部には15人が所属し、組織の将来は明るい。鳥取県には農家が出資して牛乳の一貫生産体制を築いた大山白バラ牛乳がある。「原料に勝る製品はない」との理念から乳牛を一頭ごとに検体する牛群検定という仕組みを導入して高い品質を守る。飼料、経営管理、設備等に関しては、組織内に専門人材を抱えて生産酪農家を助けている。組合運営として理想的な姿だろう。

品質と漁獲量と認知度と

   沿岸漁業は、海水温度の変化による漁場の荒廃、過剰な漁獲による資源の減少、都市圏における地域ブランドの認知不足など、豊かな漁業を継続する上でいくつもの課題があり、組織の対応が欠かせない。金目鯛の最大の産地静岡県の稲取では一本ずつ釣り上げる漁法で資源を守る。漁協の職員が水揚げから出荷までの管理方法を統一し、手間を惜しまず取引先の期待に応える生産体制を維持し、小田原魚市場で別格の扱いとなった。神奈川県三浦市の松輪さばも、漁獲から出荷までを漁協のウェブサイトに掲載し、地元の飲食店リストとともに、消費者の期待に応える努力を惜しまない。

   乱獲を地域の力で防いでいるのは、千葉県の千倉町の黒アワビと、勝浦市の金目鯛だ。漁期を法令で定める期間よりもさらに短縮し、長時間潜る漁法を諦め、3年間育ったアワビを出荷する。金目鯛の漁船は大小異なるが、組合員が相談して自主的な資源管理方法を練り上げた。漁業者自身が乱獲を防ぐ取り組みは数世代の努力の結晶であり郷土愛があればこそ。全国各地に広がってほしい取り組みだ。

   19の現場を読み、生産に関わる場所と組織の地理歴史や創意工夫を文字や画像で知ることができたら、私たちはどんなに親近感を持つだろうと思う。QRコード一つあれば、売り場や食卓でデバイスをかざすだけで情報に触れることができる。そして、その情報は、第三者が提供したり口コミ評価を交えることで信頼性が高まりビジネスの安定につながる。農林中金はまさしくそうした立ち位置にあり、これからの事業の柱に生産組織の客観情報の提供が加わったら、またひとつ、またひとつ食材のブランドが確立する。手間暇をかけた食材には必ずファンがいる。「食材礼讃」の輪が広がるように、著者をはじめ関係者の活躍を期待したい。

   4年前にお声をかけていただき、書評を書く喜びに出会った。思ってもいない本を読み、読んでいない方々とシェアしたい物語や価値観を反芻し、読者が一人でも増えることを願って筆を取る。その機会をいただいたことに心から感謝して、このコラムの最終回のご挨拶とさせていただきます。みなさまありがとうございました。

ドラえもんの妻


(編集部より)「霞ヶ関官僚が読む本」は、今回で終了いたします。長らくお読みいただき、ありがとうございました。