増える児童虐待 村木厚子さんは「弱い人間」として現場の充実を訴える

   ハルメク8月号の「毎日はじめまして」で、厚生労働省で事務次官を務めた村木厚子さんが児童虐待について書いている。局長時代の2009年、後に冤罪が確定した虚偽公文書作成・同行使の容疑で逮捕・起訴され164日も不当勾留された人。そして、潔白の主張を曲げなかった信念の女性である。その後の名誉回復とご活躍は周知の通りだ。

   村木さんが取り上げたのは、今年1月、千葉県野田市で起きた10歳女児の虐待死。手を下したみられる父親は傷害致死で、母親は傷害ほう助の疑いで逮捕され、児童相談所の対応が社会の非難を浴びた。辛い状況を打ち明け、「先生、どうにかできませんか」と訴えた調査票のコピーを、こともあろうに父親に渡していたのである。

「なぜきちんと対応できなかったのかと怒りを感じた方も少なくなかったはずです」

   児相や市教委など、関係機関の責任者が頭を下げる姿をテレビで見ながら、村木さんは会議で隣り合わせた児童福祉の専門家のつぶやきを思い出したという。

〈助けた100人の命のことは報道されないからなあ〉

   村木さんが紹介する『失敗の科学』(マシュー・サイド著)に、英国で起きた1歳男児の虐待死事件が登場する。日本と同じように、関係機関には批判が集中した。これで状況が改善するかと思いきや、批判に続いたのは関係職員の辞職ラッシュと、残留職員の負担増だった。サイドは、失敗を責めるのではなく、失敗から学ぶ文化こそが大切だと説く。

「感情的な批判ではなく、冷静な事案の検証と、それに基づく適正な関係者の処分と再発防止策こそが重要です」
いたましい児童虐待問題
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被害者が加害者に

   この事件では、逮捕された母親も父親から暴力を受けていた。

「父親の虐待を止められなかったことは親としては責められるべきことです。しかし、暴力の支配に抵抗することはそんなに簡単ではありません」

   村木さんは事件の複雑な背景を知り、幼い日のいじめを思い出したそうだ。保育所に通っていた頃、大ボス1人、中ボス1人、子分4人のグループがあって、彼女は子分の1人だった。子分の誰かが毎日「のけ者」になるといういじめが1年ほど続いたと。

「今思い出してみると、私は他の子がのけ者にされている間、今日は自分が標的にならなくてよかったと思いながら、いじめる側に回っていました」

   つまり、いじめられる日以外は、いじめる日になるわけだ。

「今回改めて考えてみるまで、自分がいじめに加担していたという自覚はなく、自分は被害者だと思っていました。弱い人間は、自分を守ることでいっぱいいっぱいなのです。だから、私はこの母親を責めることができません」

意外なカミングアウト

   筆者によると、全国の児相に寄せられる虐待関連の相談は増え続け、昨年は13万件を超えた。虐待そのものが増えているというより、世間の関心が高まり、第三者からの通報が増えたこともあろう。過去16年で相談件数が9倍になったのに、現場で対応にあたる専門職は2倍強にしか増員されていない。

   厚労省で児童福祉のトップも務めた村木さんにすれば、受け入れがたい現実だろう。彼女は現場の人員充実を「世論の力で応援したい」という。もちろん省益追求のたぐいではなく、一線の負担を減らして、ていねいな仕事をさせてほしいということだ。

   児相では、児童心理司や児童福祉司などの専門職が、医師らと協力して働いている。人員不足によって、救える命が救えないのでは何のための児童福祉か分からない。

   私は本作の後半部分に、より感銘を受けた。自らの幼児体験から、弱い人間は自分を守ることで精いっぱいなのだという悔悟、意外なカミングアウトである。

   取材を通じて人には会っているほうだが、己を「弱い」と認められる人が、本当に弱かったためしはない。

冨永 格

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