血管を「成熟」させる、新しい皮膚創傷治療の戦略 ―血管は「増やす」より「育てる」―
記事配信日:
2026/08/28 14:00 提供元:共同通信PRワイヤー

国立大学法人福井大学
本研究成果のポイント
◆ 生体内にある脂質「リゾホスファチジン酸(LPA)」(注1)を皮膚の傷に1日1回塗るだけで、マウスの傷が有意に早く治ることを見出しました。
◆ LPAは血管を増やすだけでなく、血液が漏れにくい「成熟した血管」(注2)へと育て、傷に酸素を確実に届けていました。数だけを増やす従来の血管新生因子にはない特徴です。
◆ 傷ができて3日後から塗り始めても効果が認められ、糖尿病や高齢に伴う「治りにくい傷」(注3)に対する新しい治療薬の候補として期待されます。
概要
福井大学 学術研究院医学系部門 血管統御学の髙良和宏 助教、木戸屋浩康 教授らの研究グループは、体内にある脂質「リゾホスファチジン酸(LPA)」を皮膚の傷に塗ると治りが早まること、その背景に「血管を成熟させる」という新しい仕組みがあることを明らかにしました。高齢化と糖尿病患者の増加で、褥瘡(床ずれ)や糖尿病性足潰瘍などの「治りにくい傷」は身近な課題です。傷が治るには新しい血管が酸素と栄養を届ける必要がありますが、従来の血管を増やす薬(VEGFなど)(注4)では、できる血管が未熟で血液が漏れやすいという壁がありました。本研究ではマウスの背中の傷にLPAを1日1回塗ったところ、傷の閉鎖が有意に加速しました。血管の量が約2倍に増えただけでなく、壁細胞が血管を覆い、血液が漏れにくくなって組織の酸素不足が解消。コラーゲンをつくる線維芽細胞(注5)も活発になり、リンパ管も増えていました。血管の「数」と「質」を同時に高める点で、LPAは既存の創傷治療薬とは異なる仕組みを持つ新しい治療薬の候補です。本成果は2026年8月28日に国際学術誌「Inflammation and Regeneration」に掲載されました。
〈研究の背景と経緯〉
皮膚に傷ができると、傷口は止血・炎症・増殖・再構築の段階を経て治っていきます。このうち増殖期には、傷の中に新しい血管が伸びる「血管新生」が決定的に重要です。新生血管が酸素と栄養を運ぶことで肉芽組織が育ち、表皮がその上を覆います。血管が十分に伸びないと傷の内部は酸素不足に陥り、治癒が止まってしまいます。
これが、高齢者や糖尿病患者で傷が慢性化する主な理由です。日本褥瘡学会の調査では一般病院の入院患者の約2.5%に褥瘡がみられ(第4回実態調査、2016年度)、糖尿病患者の約0.7%が足潰瘍を合併します(糖尿病診療ガイドライン2024)。治らない傷は長期の入院や下肢切断につながります。
そこで、増殖因子を傷に投与する治療が検討されてきました。国内では線維芽細胞増殖因子(bFGF)製剤が使われていますが、これは主に肉芽形成と表皮の再生を促すものです。一方、血管を増やす力が最も強いVEGF(血管内皮増殖因子)は、できる血管が未熟で血液が漏れやすいことが課題でした。血管の「量」ではなく「質」、すなわち壁細胞に覆われて血液が漏れにくい状態(血管の成熟)をどう獲得させるかは、既存の治療では扱えていない課題だったのです。
〈研究の内容〉
本研究では、マウスの全層皮膚欠損創モデルを用いてLPAの効果を詳細に解析しました。8週齢の雌マウスの背部に直径8ミリの傷を作製し、LPA(0.1、0.3、1.0 mg/mL)または溶媒を1日1回塗布したところ、傷の閉鎖が濃度依存的に加速し、1.0 mg/mLで効果が最大となりました。創の面積は5・7・9日目のいずれでも溶媒群より有意に小さく、傷ができて3日後から塗り始めた場合にも同様の効果が認められました。また、体内でLPAをつくる酵素オートタキシンの遺伝子発現は傷の直後に一過性に上昇し、この酵素の阻害薬を投与すると治癒がわずかに遅れました。もともと体に備わっているLPAの産生も、傷の治りはじめに寄与していることが示唆されます。LPAが傷の中で何をしているのかを調べるため、傷の組織を免疫蛍光染色とフローサイトメトリーで解析しました。血管内皮細胞のマーカーであるCD31抗体で組織を染色すると、LPAを塗った傷では7日目に血管網が密に発達し、血管が占める面積の割合が約2倍に増加していました。細胞をカウントするフローサイトメトリーでも、血球のマーカーCD45が陰性でCD31が陽性の血管内皮細胞が有意に増えていました。さらに、血管を外側から包む壁細胞(ペリサイト)の被覆が増加して血管内に注入した色素の漏れ出しが著しく低下し、低酸素を検出する試薬を用いた評価では組織の酸素不足がほぼ解消していました。加えて、むくみを引かせるリンパ管の長さも約2倍に伸びていました。LPAは血管の数を増やすだけでなく、血液が漏れにくく酸素を確実に届けられる「機能する血管」をつくり出していたことになります。
分子レベルの変化を理解するため、傷の組織を用いてRNAシークエンス解析(注6)による網羅的な遺伝子発現解析を実施しました。その結果、LPA投与により、血管の発生や形態形成、細胞外マトリックス(コラーゲンなどの組織の土台)の構築に関わる遺伝子群がまとまって上昇していることが明らかになりました。実際、線維芽細胞のはたらきを示す遺伝子(フィブロネクチン等)の発現は5〜7日目に一過性に高まり、9日目には元の水準に戻っており、過剰な線維化ではなく、必要な時期に集中して組織をつくる整った反応が起きていました。また、公開されているマウス皮膚の1細胞レベルの遺伝子発現解析データを再解析したところ、LPAの受容体のうちLPAR1は線維芽細胞に、LPAR4とLPAR6は血管内皮細胞に多く存在していました。LPAが複数の受容体を介して、血管と線維芽細胞それぞれにはたらきかけていることが示唆されました。
〈今後の展開〉
本研究は、血管を「増やす」だけでなく「成熟させる」ことを治療の標的にできることを示しました。今後は、糖尿病モデルや褥瘡モデルなど実際に治りにくい傷での有効性の検証、ならびにより臨床に近い大型動物での検証が必要になります。
またLPAは、全身に投与した場合には腫瘍の増殖や血小板凝集、疼痛への関与も報告されており、安全性の見極めが欠かせません。「患部に塗る」投与方法は全身へのばく露を抑えられる点で有利であり、今後は受容体サブタイプを選んではたらく薬剤や患部だけに届ける製剤の開発を進め、難治性創傷の新しい治療法の確立を目指します。
〈参考図〉
図1:LPAによる新しい創傷治療の仕組み
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202608284879-O3-0mLF8ve1】
難治性の傷では、もろく血液が漏れやすい未熟な血管しかできず、酸素不足で組織が再生しません。LPAを塗ると血管が「成熟」して酸素が確実に届き、線維芽細胞が活性化してコラーゲン産生と組織再生が進みます。リンパ管の再生も促される。血管の数を増やす従来治療と異なり、血管の「質」を高めて治癒を早める点が特徴です。
〈用語解説〉
(注1)リゾホスファチジン酸(LPA:lysophosphatidic acid):細胞膜の成分からつくられる、ごく小さな脂質分子。血液や組織の中にもともと存在し、細胞の表面にある6種類の受容体(LPAR1〜6)を介して、細胞の増殖・移動・血管づくりなど幅広いはたらきを担う「情報を伝える脂質」である。
(注2)血管の成熟/壁細胞(ペリサイト):新しくできた血管は、内皮細胞がつくる管があるだけの未熟な状態にある。この管の外側を壁細胞(ペリサイト)が覆うことで血管の壁が丈夫になり、血液の成分が漏れにくくなって、安定して血液を流せるようになる。この一連の過程を血管の成熟と呼ぶ。
(注3)治りにくい傷(難治性創傷):通常の経過で治らず、慢性化してしまう傷のこと。褥瘡(床ずれ)、糖尿病性足潰瘍、下肢静脈うっ滞性潰瘍などが代表例。高齢化と糖尿病患者の増加を背景に患者数が多く、長期入院や下肢切断、生活の質の大きな低下につながるため、有効な治療法が求められている。
(注4)VEGF(血管内皮増殖因子):血管を新しくつくらせる作用が最も強いことで知られるたんぱく質。ただしVEGFだけでできた血管は未熟で血液が漏れやすく、組織を十分に養えないことが課題として指摘されてきた。
(注5)線維芽細胞/肉芽組織:線維芽細胞は、コラーゲンなどをつくって組織の土台を築く細胞。傷の中で線維芽細胞と新生血管が増えてできる、赤くやわらかい組織を肉芽組織といい、傷の欠損を埋めてその上を表皮が覆うための足場となる。
(注6)RNAシークエンス解析(RNA-seq):組織や細胞に含まれるRNAをまとめて読み取り、どの遺伝子がどれだけはたらいているかを一度に調べる手法。特定の遺伝子だけを見るのではなく、数万の遺伝子の動きを網羅的にとらえられるため、想定していなかった変化も見つけ出せる。
〈論文タイトル〉
“Lysophosphatidic acid promotes cutaneous wound healing through vascular maturation and fibroblast activation in a murine model”
(日本語タイトル:「リゾホスファチジン酸はマウスモデルにおいて血管の成熟と線維芽細胞の活性化を介して皮膚創傷治癒を促進する」)
〈著者〉
Kazuhiro Takara, Aika Yamamoto, Naoi Hosoe, Miku Aoki, Takenao Chino, Takayuki Sonoda, Shintaro Yamada, Yumiko Hayashi, Lamri Lynda, Minoru Hasegawa, Junko Yotsuya, Hiroyasu Kidoya
髙良 和宏(福井大学 学術研究院医学系部門 血管統御学 助教/テニュアトラック推進本部 助教)※責任著者
山本 愛花(福井大学 大学院医学系研究科 血管統御学/福井大学 医学部看護学科/東京大学 大学院医学系研究科 老年看護学/創傷看護学分野 学部生)
細江 尚唯(福井大学 大学院医学系研究科 血管統御学 大学院生)
青木 未来(福井大学 医学部看護学科 老年看護学 講師)
知野 剛直(福井大学 学術研究院医学系部門 皮膚科学 非常勤医師)
園田 貴之(福井大学 大学院医学系研究科 血管統御学/内分泌・代謝内科学 大学院生)
山田 慎太郎(福井大学 大学院医学系研究科 血管統御学/脳脊髄神経外科学 大学院生)
林 弓美子(福井大学 学術研究院医学系部門 血管統御学 助教)
Lamri Lynda(福井大学 学術研究院医学系部門 血管統御学 助教)
長谷川 稔(福井大学 学術研究院医学系部門 皮膚科学 教授)
四谷 淳子(福井大学 医学部看護学科 老年看護学 教授)
木戸屋 浩康(福井大学 学術研究院医学系部門 血管統御学 教授)※責任著者
〈発表雑誌〉
雑誌名「Inflammation and Regeneration」(カタカナ表記:インフラメーション アンド リジェネレーション)
(2026年8月28日にオンライン掲載)
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1186/s41232-026-00441-5
DOI番号:10.1186/s41232-026-00441-5
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