2018年 7月 17日 (火)

加藤千洋の「天安門クロニクル」(2)
ついに戒厳軍が動いた(下)投石と火炎瓶に発砲

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   天安門事件が起きた1989年6月3日。私が戒厳軍の動きを察知したのは午後10時40分から50分ごろだった。その時、北京市西部の繁華街・西単の北にある友人Aの自宅にいた。ある共産党中央機関の宿舎で、5階建てだったか、6階建てだったか、いまは正確に思い出せない。エレベーターのない旧式アパートで、最上階の友人宅を尋ねると、涼しいからとベランダに出て、缶ビールを飲んだ。蒸し暑い新月の夜だった。

  • 学生支援の輪は日に日に広がった。運転席に「学生万歳」の張り紙をした北京市営地下鉄も(1989年5月、加藤千洋氏撮影)
    学生支援の輪は日に日に広がった。運転席に「学生万歳」の張り紙をした北京市営地下鉄も(1989年5月、加藤千洋氏撮影)
  • 天安門で堂々と制服姿で学生支持を表明してデモする武装警察部隊兵士たち(1989年5月、加藤千洋氏撮影)
    天安門で堂々と制服姿で学生支持を表明してデモする武装警察部隊兵士たち(1989年5月、加藤千洋氏撮影)
  • 北京の長安街にある東単交差点付近には戒厳軍を阻止しようとバスなどでバリケードが築かれた(1989年6月、加藤千洋氏撮影)
    北京の長安街にある東単交差点付近には戒厳軍を阻止しようとバスなどでバリケードが築かれた(1989年6月、加藤千洋氏撮影)

午前11時前、花火のような音が...

   遠方から、西と南の方角と感じたが、打ち上げ花火のようなパーンとか、ポンポンという乾いた音が聞こえ始めた。最初は花火かなと思った。

   戦時中に日本留学経験のあるAは当時60歳を超え、党や政府の公式文書の翻訳を担当する部門の幹部だった。過去の政治運動で苦い経験をしてきた彼ですら、「学生たちも引き際だな。もう座り込みも続かないな」という見通しを語っていた。取材先の何人かが同じような見解を持っていたことを、私は情勢判断の根拠にしていた。

   しかし、そうではなかったのである。音が段々と近づいてくる。酒好きで、缶ビールを3本ほど飲んでいたAの表情が変わった。

   「おい、これは始まったぞ」

   その夜、私は自転車でAの宿舎を訪ねていた。党の職員の自宅を外国人記者が訪ねること自体、当時は"危ない"行動だった。隣人に察知されて職場に報告されると、彼に迷惑がかかる恐れがあったからだ。

   まさかタクシーで乗り付けるわけにはいかないので、自転車はそのためのカモフラージュであった。というより当時の北京中心部の交通事情はマヒ状態で、主要交差点には戒厳軍の進駐を防ぐために学生・市民が中央分離帯を移動させたり、大型バスなどでバリケードを築いたりなど、車は通行できず、有効な移動手段は自転車と人力車になっていた。

締め切り後に変わった見出し

   Aも自転車に乗り、二人で長安街の西単交差点に向かった。いや向かおうとしたのだが、交差点の方から群衆がワーッと叫び声をあげながら、猛烈な勢いで逃げてくる。西からすすんできた戒厳軍の先頭部隊が、すでに西単近くまで接近し、その進軍を阻止しようとする群衆がレンガ片や石、そしてごく少なかったが火炎瓶も投じられた。戒厳軍は容赦なく発砲。クモの子を散らすように、群衆が逃げてきたのだ。皆、目が血走っていた。もう前には進めない。

   「あんたは朝日の支局がある広場より東側に行った方がいい。長安街は危ないだろうから、胡同(フートン)を通って行け」。いつも陽気なAがいつになく真剣な口調だった。従うことにした。それが午後11時半ごろだったか。

   さて、『AERA』の見出しがちぐはぐになった理由である。最終締め切りが過ぎた北京時間4日午前2時前(日本時間午前3時前)、一旦戻った宿泊先のホテルから東京・築地の朝日新聞本社内の『AERA』編集部に国際電話を入れた。なんと担当デスクが残っていた。

   「武力鎮圧が始まったようです。見出しだけでも変えられませんか」

   必死に訴えた。結果、3本目の見出しだけ、やっと差し替えてくれたのだ。『AERA』の印刷は印刷会社に外注していたが、印刷会社の担当者が必死の作業で、一本だけ取り換えてくれたと後で聞いた。

(次回は「バラと戦車」上)

加藤千洋さん

加藤千洋(かとう・ちひろ)
1947(昭和22)年東京生まれ。平安女学院大学客員教授。東京外国語大学卒。1972年朝日新聞社に入社。社会部、AERA編集部記者、論説委員、外報部長などを経て編集委員。この間、北京、バンコク、ワシントンなどに駐在。一連の中国報道で1999年度ボーン上田記念国際記者賞を受賞。2004年4月から4年半、「報道ステーション」(テレビ朝日系)初代コメンテーターを担当。2010年4月から、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。2018年4月から現職。
主な著訳書に『北京&東京 報道をコラムで』(朝日新聞社)、『胡同の記憶 北京夢華録』(岩波現代文庫)、『鄧小平 政治的伝記』(岩波現代文庫)など。
日中文化交流協会常任委員、日本ペンクラブ会員、日本記者クラブ会員。

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