2018年 10月 20日 (土)

加藤千洋の「天安門クロニクル」(6)
特権と腐敗(下)怨嗟の的の「官倒」

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   民衆が党や政府の幹部たちの「特権」「汚職」を批判する際に、よく耳にした言葉がある。当時の中国社会で最も注目された流行語である。

   それは「官倒」(クアン・タオ)、という言葉だった。

   学生たちの宣伝ビラや大字報、あるいはデモ行進の横断幕にも頻繁に登場した。どういう意味かというと、官僚(役人)が、その地位や職権を利用して物資を横流しし、不正な利益を得る行為のことを指す。

  • 学生たちの訴えが共感を呼んだのか、デモには一般市民の姿も見られた
    学生たちの訴えが共感を呼んだのか、デモには一般市民の姿も見られた
  • 北京の秀水街に生まれた自由市場
    北京の秀水街に生まれた自由市場

転売でぼろもうけする役人

   転売の対象となるのは、一般には品薄になっており、他方で高値でも買いたがる人が大勢いる物資だ。例えば政策的に価格を抑えたエネルギーや工業原材料などを公定価格で入手し、高騰する市場価格で転売する。右から左へと横流しするだけで、ぼろもうけが約束されている。個人向けには普及し始めたカラーテレビや冷蔵庫などの家電製品や高級たばこ、人気ブランドの酒などの嗜好品。職場向けには自動車やトラック、セメント、鋼線、化学肥料など、ともかく品薄の人気商品が軒並み転売対象となった。

   「官倒」という言葉の基になったのは「倒売」(タオ・マイ)という中国語の動詞だ。商品を転売するという意味で、それ自体は不正な商行為ではない。ただ日本語で「土地ころがし」など「○○転がし」というと、不正の臭いが漂う表現がある。中国語の「倒」にも同じようなニュアンスがある。

   「倒売」の一例として、こんな話を聞いたことがある。

   北京の秀水街は80年代に自然発生的に誕生した服飾品を中心とする大規模な自由市場だ(現在は立派なビルになり、観光スポットとなっている)。その当時、私も土産物などを買いに何回か通い、狭いスペースの屋台で商売する男と知り合った。こうした個人経営者は「個体戸」と呼ばれ、経済改革の一環で80年代半ばに誕生した新しい私営経済分野の担い手だった。

   その頃の中国では服飾品は一般に香港に近い広東省など南方の製品の方が北京など北方のものより格好がいいし、品質もよいとされていた。男は南方からの仕入れルートを確保し、順調に商売を拡大させ、毎月の利益は2万元以上になったと豪語していた。

   「儲かり過ぎたので店の権利を兄夫婦に譲ったけど、働かなくても毎月7000元の収入が転がりこんでくる」と笑いが止まらない様子で話した。当時の李鵬首相が中国メディアに「私の給料は400元だ」と語っていた時代にだ。もっとも首相は「政府が派遣してくれた秘書が2人、車が1台、お手伝いさんが何人かいて、家賃はほとんどゼロだ」と付け加えていたが。

   その男から、こんな話も聞いた。

   彼ら個体戸はいつ政策が変わるかもしれないとの不安を抱えている。だから稼いだ金のほとんどはタンス貯金にする。政府はそういう市中の現金を回収しようと一計を案じ、ある時軽乗用車300台を売り出した。そのほとんどを個体戸が購入したが、支払った人民元の札束は土中の壺にでも入れて隠していたのか、一様にかび臭かったという。

   彼らのような小商いは、鄧小平が改革推進で大号令を発した「先富論」、つまり「自分の才覚を働かせたり、努力をした」「一部の人が先に豊かになってもいい」というスローガンに、商才を発揮して応じたわけだから、けしからんと非難するには当たらないかもしれない。

   他方で「官倒」はといえば、そう言って見逃すわけにはいかないれっきとした汚職行為である。ホンの一例だが80年代後半の上海でのケースを紹介しよう。

   市郊外での高速道路の建設を請け負った当時の鉄道省傘下の工事事務所が足かけ4年間に、本来は工事に使うために配分されたセメント4654トン、材木800立方メートル、ディーゼル油218トン、ガソリン103トンなどを転売し、31万元(当時は1元が約35円)の不当な利益を上げた。首相が400元、国営工場労働者の平均賃金が100元前後という時代だから「暴利」と言えるだろう。

二重の価格体系の矛盾が生んだ不正

   「官倒」現象は、最も規律正しくあるべき軍内にまで浸透していったが、なぜ社会に不正行為がまん延し、民衆の怨嗟の的になるまでになったのか。

   一言でいえば、社会主義の計画経済体制から市場経済体制への転換期に、個体戸など私営経済成分が公認される一方、モノの価値をきちんと反映していない不合理な価格体系が改革されぬまま残るなど、経済システムに不合理な要素が多数存在していたからだろう。一部の商品価格が徐々に自由化される一方、政策的に低く抑えた公定価格も存在し、そうした二重の価格体系の矛盾が「倒爺」や「官倒」に暗躍する機会を与えた。

   1988年は、政府によって「価格・賃金改革」を断行する年と当初は位置付けられていたが、インフレの高進によって、改革に踏み切った場合のリスクは高まっていた。しかし、経済体制改革の次のステップとして価格改革は避けられない、断固推進すべしと考えていたのは鄧小平だった。趙紫陽の本音はどうだったかわからないが、鄧小平の指示とあっては断行やむなしと考えたのだろう。

   そこに待ったを掛けたのが李鵬首相、姚依林副首相ら保守派の面々であった。ここにも後に露わとなる「保革対立」の亀裂が横たわっていた。

(次回は「動乱社説――『89民運』の本筋に戻り」上)

加藤千洋さん

加藤千洋(かとう・ちひろ)
1947(昭和22)年東京生まれ。平安女学院大学客員教授。東京外国語大学卒。1972年朝日新聞社に入社。社会部、AERA編集部記者、論説委員、外報部長などを経て編集委員。この間、北京、バンコク、ワシントンなどに駐在。一連の中国報道で1999年度ボーン上田記念国際記者賞を受賞。2004年4月から4年半、「報道ステーション」(テレビ朝日系)初代コメンテーターを担当。2010年4月から、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。2018年4月から現職。
主な著訳書に『北京&東京 報道をコラムで』(朝日新聞社)、『胡同の記憶 北京夢華録』(岩波現代文庫)、『鄧小平 政治的伝記』(岩波現代文庫)など。
日中文化交流協会常任委員、日本ペンクラブ会員、日本記者クラブ会員。

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