2018年 9月 18日 (火)

加藤千洋の「天安門クロニクル」(7)
動乱社説(下)「社説」めぐる指導部の亀裂

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   胡耀邦前総書記の死去(4月15日)から『人民日報』の「動乱社説」掲載(4月26日)までの動きを、ざっと整理しておこう。

   ・4月18日未明、約3000人の学生が初のデモを敢行。胡耀邦の再評価を求め、「特権、専制」を批判し、「民主と自由」などを叫ぶ。
   ・4月19~20日、新華門(中国の政治中枢「中南海」の正門。国の象徴が天安門であれば、新華門は共産党の象徴)前で学生と武装警察が衝突、学生側に負傷者(新華門事件)。長老指導者は憂慮を深め、北京市、治安当局はデモ拡大、過激化に警戒感を強める。
   ・4月21日、胡耀邦追悼大会を控えて学生の動きが活発に。公安当局は天安門広場周辺の通行禁止措置を発令。
   ・4月22日午前、人民大会堂で胡耀邦追悼大会。弔辞は趙紫陽総書記。学生らは禁止令を無視して10万人規模で広場に詰めかけ、代表3名が人民大会堂の階段で跪いて李鵬首相あて請願書を提出するが、無視される。
   同日、陝西省西安市や湖南省長沙市でも騒乱事件が発生。
   ・4月23日、北京市の主要大学学生代表が「北京高校臨時学生聯合会」の成立を決定(「高校」は大学を指す)。授業ボイコット呼びかけ。
 (『天安門文書』『天安門事件の真相 上巻』(蒼蒼社)『岩波講座「現代中国」別巻①「民主化運動と中国社会主義」』などによる)

  • 1989年4月26日付の『人民日報』が1面トップに掲載した「動乱」社説)
    1989年4月26日付の『人民日報』が1面トップに掲載した「動乱」社説)
  • 故宮の北にある鄧小平旧宅。鄧の生前は常時門衛が警戒に当たっていた(2010年に撮影)
    故宮の北にある鄧小平旧宅。鄧の生前は常時門衛が警戒に当たっていた(2010年に撮影)

趙紫陽総書記の不在

   この後、4月24日以降の党指導部の認識は一段と厳しさを増すが、この肝心な時点で重要なポイントが一つあった。党の最高決定機関である政治局常務委員会の招集権限を持つ趙紫陽総書記が、23日午後から、予定していた北朝鮮訪問に出発し、北京を不在にしたことである。

   総書記の不在中に職務を代行したのは政治局の序列2位の李鵬首相だった。まず動いたのは保守派で執行部を固める北京市の党委員会だった。李錫銘党委書記と陳希同市長(党委副書記)が李鵬首相に働きかけ、24日夜に政治局常務会議が招集され、当面の情勢を検討した。

   その結果、「広がり、規模、激しさの点で今回の学潮(学生運動)は改革時期に前例のないもの」とする陳希同市長の報告が基本的に了承され、「動乱制止小組」の設置が決まった(『天安門文書』89~90頁)

   会議の結果を携えた政治局常務委員3人(李鵬、喬石、姚依林)と長老の楊尚昆国家主席、北京市のトップ2人が25日午前、鄧小平の私邸を訪問。

   報告を聞き終えた鄧小平が語った内容が、翌26日付の『人民日報』社説の基本線となった。

「これは通常の学生運動ではなく動乱である。断固として制止すべきであり、彼らに目的を達成させてはならない」
「彼らはポーランド、ユーゴスラビア、ハンガリーやソ連の自由化思想の影響を受けて、動乱を起こした。その目的は共産党の指導を転覆し、国家、民族の前途を喪失させることである」

   「4つの基本原則」の堅持を訴え、「ブルジョア自由化思想」の広がり、とくにポーランドの自主管理労組「連帯」の動きを強く警戒していた鄧小平の政治思想がよく現れた発言である。

   社説の執筆担当者は諸説あるが、『人民日報』の評論員(論説委員)ではなかったように思う。党の重要方針、最高指導者の意思を伝達する特別の位置付けの社説は、指導者の演説や発言、キーワードを踏まえ、党のイデオロギー政策や党史にも通じた筆の立つ幹部がまかされることが多い。執筆後は草稿が関係者に回覧され、細部まで検討が行われる。

   最終的にOKの出た「社説」は党中央宣伝部の指示でテレビやラジオで事前に流され、他の新聞も新華社の配信を受けて転載することになる。

鄧小平「発言」に同意

   では、こうした25日の経緯は北朝鮮滞在中だった趙紫陽にはどのような報告がなされたのか。

   連絡は共産党の日常業務を統括する党中央弁公庁が担当した。電報によって政治局常務委員会の決定と鄧小平の発言が伝えられたという。それに対し、趙紫陽からは「わたしは当面の動乱問題をめぐる小平同志の方針決定に全面的に同意する」との返電があった(『天安門文書』100頁)

   ここで留意しておきたいのは、趙紫陽に報告されたのは「社説」そのものではなく、鄧小平の「発言」とされるものだった点だ。この二つには文言、表現などに微妙な違いがあった。

   30日に帰国した趙紫陽は、この相違点を指摘し、「社説」には自分は必ずしも同意していないのだと、微妙にスタンスを変えていく。ここから李鵬首相ら保守派指導者との亀裂が広がっていくことになる。

   一方、学生側の動きは――。

   すでに結成が予告されていた「北京市高校臨時学生聯合会」を正式に発足させ、主席に周勇軍(中国人民大学)、常務委員に王丹(北京大学)、ウルケシ(北京師範大学)ら6名が選ばれた。

   大学当局が公認した学生会ではなく、学生が自主的に立ち上げた学生団体の連合組織だという点に重要な意味があった。早速、27日に「動乱社説」の撤回を求める大規模デモを成功させた。当初の胡耀邦追悼の意味は薄れ、「特権、腐敗反対」「政治の民主化」「報道の自由」などが、ますます声高に叫ばれるようになっていく。(次回は「五四運動70周年」上)

加藤千洋さん

加藤千洋(かとう・ちひろ)
1947(昭和22)年東京生まれ。平安女学院大学客員教授。東京外国語大学卒。1972年朝日新聞社に入社。社会部、AERA編集部記者、論説委員、外報部長などを経て編集委員。この間、北京、バンコク、ワシントンなどに駐在。一連の中国報道で1999年度ボーン上田記念国際記者賞を受賞。2004年4月から4年半、「報道ステーション」(テレビ朝日系)初代コメンテーターを担当。2010年4月から、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。2018年4月から現職。
主な著訳書に『北京&東京 報道をコラムで』(朝日新聞社)、『胡同の記憶 北京夢華録』(岩波現代文庫)、『鄧小平 政治的伝記』(岩波現代文庫)など。
日中文化交流協会常任委員、日本ペンクラブ会員、日本記者クラブ会員。

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