2019年 11月 18日 (月)

加藤千洋の「天安門クロニクル」(10)
ゴルバチョフ訪中(下)首脳会談での機密暴露

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   5月15日正午、ソ連のゴルバチョフ書記長(最高会議幹部会議長)はライサ夫人、シェワルナゼ外相と予定時間に特別機で北京首都空港に到着した。

   ただしスケジュール通りにいったのは到着まで。以後の行事予定は学生運動の余波で次々と変更を余儀なくされた。天安門広場西側にある人民大会堂の東側広場で行う予定の歓迎式典は急きょ空港に変更。国賓歓迎用のレッドカーペット、礼砲などが空港に急送された。ソ連最高首脳の訪中は1959年のフルシチョフ第一書記以来30年ぶりの歴史的なものだったが、簡素な行事となった。

  • ゴルバチョフ書記長訪中を報じた5月16日付の『人民日報』。書記長の後ろにライサ夫人、シェワルナゼ外相ら。迎えるのは楊尚昆国家主席
    ゴルバチョフ書記長訪中を報じた5月16日付の『人民日報』。書記長の後ろにライサ夫人、シェワルナゼ外相ら。迎えるのは楊尚昆国家主席
  • 5月16日の天安門広場には大群衆が詰めかけた。西隣の人民大会堂にいるだろうゴルバチョフ書記長の耳に、自分たちの声が少しでも届いたらと。
    5月16日の天安門広場には大群衆が詰めかけた。西隣の人民大会堂にいるだろうゴルバチョフ書記長の耳に、自分たちの声が少しでも届いたらと。

世界が注目した中ソ首脳会談

   この日のよく晴れた首都空港の光景は、ほろ苦い記憶で思い出される。

   『AERA』から特派されていた私も、その日は朝日新聞の空港取材班に加わっていた。北京時間の正午は東京時間で13時。夕刊締め切りまで30分しかない。取材には人手が必要だったのだ。

   特別機の扉があき、書記長夫妻の姿が見えたのを確認するや、一人が空港ターミナルビルへ走る。タラップを降りた夫妻が出迎えた楊尚昆国家主席と握手したのを見たもう一人がターミナルビルへ。そこから電話で北京支局へ連絡する。あらかじめ作っておいた原稿(予定稿という)の事実関係が間違っていないか確認するためだ。

   当時、北京で一般サービスが始まって間もない携帯電話を、北京支局も申請していたが、まだ貸与の順番が回ってきていなかった。

   ふと空港エプロンの一角で、白いスーツ姿の女性が携帯電話を使っているのが目に入った。人海作戦の我々を横目に彼女は見たままを、どうやら東京に直接レポートしているらしい。当時、民放テレビ局のニュース番組でキャスターをしていたB女史だった。キャメラマンが使う脚立の上に腰かけ、片手には白い日傘が。それで5月15日がカンカン照りだったことを覚えている。

   余計な話(でも携帯電話の有無は取材上も重大な意味があった)が長くなってしまったが、世界中のメディアも注目したのが中ソ首脳会談である。

   ゴルバチョフ書記長は15日午後、人民大会堂で楊尚昆国家主席との会談にのぞみ、その後の歓迎夕食会に出席。その宴席のすぐ外の天安門広場には学生とともに20万人とも30万人ともいう大群衆が詰めかけており、予定にあった広場の人民英雄記念碑への献花は取りやめとなった。

   翌16日は鄧小平、李鵬首相、趙紫陽総書記の順に個別に会った。このうち午前10時40分から始まった人民大会堂での鄧・ゴルバチョフ会談が、「中ソ和解、関係正常化」を正式に確認する場となった。党総書記、国務院総理(首相)でもない満84歳の鄧小平が、中国政治の最終決定権を握る「最高実力者」であることが証明された。

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