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売れないからやめる! ホンダFCVを生産中止 「脱炭素」に経営資源を集中させるはずじゃなかったの?

   ホンダが、水素を燃料とする燃料電池車(FCV)「クラリティ FUEL CELL(フューエル セル)」の生産を2021年8月で中止する。

   構造改革の一環として国内外の工場再編を進めており、販売不振の車種の整理に踏み込むということだが、4月に「2040年に世界の新車販売をすべて電気自動車(EV)かFCVにする」と打ち上げたばかりとあって、唐突感は否めない。ホンダの狙いはどこにあるのか――。

  • 個人向けの乗用車を手がけるホンダに「水素バス」は……(写真はイメージ)
    個人向けの乗用車を手がけるホンダに「水素バス」は……(写真はイメージ)
  • 個人向けの乗用車を手がけるホンダに「水素バス」は……(写真はイメージ)

FCV「クラリティ」の販売累計1900台

   J-CAST会社ウォッチ「ホンダEVわが道をゆく 『日本流』CO2ゼロに反旗 欧米に倣いスピード重視」(2021年5月2日付)で報じたように、ホンダのEV戦略は世界各国で高まる温室効果ガス削減への流れを受けたもの。2020年のホンダの世界販売台数445万台のうちEVとFCVは計1%にも満たないことから、きわめて意欲的な目標と評された。

   その舌の根も乾かないうちにと言うと失礼だが、FCV生産中止には「?」と、思った人も多いだろう。

   FCVは水素と酸素を反応させて生み出した電気を動力とし、走行時にCO2を排出しない「究極のエコカー」とも呼ばれる。充電に時間がかかるEVと比べ、水素を3分ほどという短時間で充填でき、航続距離もEVより格段に長い。FCシステムの構造は複雑で、部品点数はEVより多いが、その分、日本の自動車業界の技術力が生きてくる余地が大きいともいえる。

   こうした事情もあり、ホンダはトヨタ自動車と並んでFCV開発に積極的(かつては熱心だった日産自動車は脱落)。1999年に試作車を公開。2002年には国土交通相の認証を取得し、年末に国に納車し、記念式典は小泉純一郎首相(当時)も出席して首相官邸で行われた。03年に民間への初の納車、05年には米国で初の個人への販売(リース販売)もするなど、開発・普及に取り組み、13年にこの分野でGMと提携した。

   クラリティはトヨタのFCV「MIRAI(ミライ)」に2年ほど遅れ、2016年に発売。しかし、価格は783万円(税込み、リース専用)と高額で、水素を充填する水素ステーションも日本全国で147か所(2021年6月)と少ないことから販売は低迷。20年は国内外で240台、累計でも約1900台にとどまっている。

描きにくい「売れる」FCVへの道筋

   売れないからやめるというのは、当然といえば当然。ホンダとしても、一義的には収益改善の構造改革、つまり過剰になった生産体制の見直し(縮小)の一環との位置づけだ。

   海外工場に加え、21年度中に狭山工場(埼玉県狭山市)を閉鎖するのに伴い、この工場で生産しているガソリン車の最高級セダン「レジェンド」と高級ミニバン「オデッセイ」などとともに、クラリティの生産を取りやめるということだ。

   レジェンドなどは一世を風靡したが、近年は販売不振だったことから、「聖域なき見直し」ということで、他の工場への生産移管も見送る。クラリティもご多分に漏れず、というわけだ。

   もちろん、ホンダはFCVから手を引くわけではないとは強調している。GMと協力して開発は継続し、中長期的には新たな車種投入も検討するという。ただ、高価格と水素ステーション不足といった構造的な問題は簡単に解決できそうもない。

   ホンダの生産中止で、FCVの量産メーカーは世界中でも、トヨタと、「NEXO(ネクソ)」を手がける韓国・現代自動車の2社だけになる。水素ステーション不足という業界全体としての弱点を克服して普及させていく道は、一段と遠くなるかもしれない。

   その中で、可能性があるのが、決められたターミナルの間を行き来するバス、トラックといった商用車だ。ターミナルで水素を充填できるからだ。ただ、トヨタは、傘下の日野自動車や提携先のいすゞ自動車などと協力できるのに対し、個人向けの乗用車専門のホンダに、商用車という道筋を描きにくい。

   また、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で、FC技術も使い、宇宙で水素や酸素を生み出すシステムの研究開発を行うことも発表しているが、商売になるか、先行きは未知数だ。

   自動車業界は「CASE」(Connected=つながる、Automated=自動化、Shared=シェアリング、Electric=電動化)と呼ばれる技術革新が進む前代未聞の変革期にある。大手ITなど異業種も加わった大競争のなか、こうすれば勝てるという「正解」が簡単に見いだせない状況にある。 強みのある分野に特化していくか、手を広げ、あらゆる可能性に備えるかが大きな分かれ道。他方、経営資源が限られる以上、すべて自前でできるわけではなく、異業種を含め提携や連合、統合も避けて通れない。

   6月23日のホンダの定時株主総会で、三部敏宏社長は「カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量の実質ゼロ)に経営資源を集中させる」と改めて強調するとともに、具体策については「EVとFCVを本命にしつつ、水素を使った合成燃料の研究も進める」と、幅のある答えにとどめた。

   実態としてEV中心の展開になるのは疑いないが、FCVにどんな未来があるのか、ホンダ自身が答えを持てないのが現時点の実態のようだ。(ジャーナリスト 済田経夫)