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50年の歳月を経て、なお経営の指針となる一冊がある(長谷川香料社長 海野隆雄さん)

   「当時はケーススタディで忙しくてじっくり読む時間がなかったのですが、今ではなくてはならない一冊です」と、謙遜しながら見せてくれた分厚い洋書は「ANALYSIS OF DECISIONS UNDER UNCERTAINTY」。ハーバードビジネススクールに留学していた時の参考書だった。

   実学を重んじる講義のため、実際にある企業の経営をいくつも分析した。バインダーには、その分析がビッシリと書き込まれている。

   そんな50年前の参考書が、長谷川香料の社長、海野隆雄さんの本棚には収められている。どうやら、経営の「バイブル」のようだ。

  • 長谷川香料の海野隆雄社長は「今ではなくてはならない一冊」と、留学当時のバインダーといっしょに見せてくれた「ANALYSIS OF DECISIONS UNDER UNCERTAINTY」
    長谷川香料の海野隆雄社長は「今ではなくてはならない一冊」と、留学当時のバインダーといっしょに見せてくれた「ANALYSIS OF DECISIONS UNDER UNCERTAINTY」
  • 長谷川香料の海野隆雄社長は「今ではなくてはならない一冊」と、留学当時のバインダーといっしょに見せてくれた「ANALYSIS OF DECISIONS UNDER UNCERTAINTY」

いちばん大事にしている本

――ハーバードビジネススクール時代の「ANALYSIS OF DECISIONS UNDER UNCERTAINTY」(Bell, David E./ Schleifer, Arthur, Jr.共著)を大事にしています。

海野隆雄さん「古いけれど、これがいちばん大事にしている本です。ハーバードビジネススクールでは教科書は使いません。ケーススタディがすべてで科目ごとにケースを納めたバインダーを20冊くらい保存してあります。これは不確実性のもとでの判断の仕方を訓練するManagerial Economicsという授業の参考書として手に入れたものです。著者は当時のこの授業を受け持ったハーバードビジネススクールのArthur Schleifer, Jr.教授です。50年以上前の本ですが、いまでも通用します」

――どのような点が現在でも通用するのでしょうか?

海野さん「ハーバードは実践主義です。授業は実際の会社の実例をもとに進められていきます。1000ものケースを徹底的に、実践的に検証しました。授業では、『まず数字を叩き出しなさい』と言われます。定量的に説明しなさいというわけです。定量分析ができた後で定性分析をしなさいと。すべての科目が数字を持っていないと議論できない、という教えなんですね。
それはビジネスにおいて、また経営判断を行なうときに、どのようにリスクを判断するのかということにつながります。この案件をやるかやらないかというときに、いくつもに枝分かれしているリスクを、全部リストアップして、それぞれが起こる蓋然性をおおよそ導き、一つひとつの結果をまとめていきます。その中で、それらのリスクを踏まえて判断して決定するのです。
たとえば経営を進めるに当たっては、マーケティングの知識が必要ですし、コンピューターや、今ならDX(デジタルトランスフォーメーション)の知識が必要になってきます。そういった枝分かれを、一つにまとめていくわけです。それを、僕はこれを時々本棚から出してみては考えを整理しています。
当時、この授業は難しくてよくわからなかったのですが、今になって、『ああ、そうか』と感じるところがあります。経営判断のベースは、この時につくってもらったようなものです。2年間のビジネススクールで、睡眠時間1日2時間とか。ハードでしたが、それがいまになって役に立っているって感じですね」

――銀行、クレジットカード会社と金融畑を歩いてきました。メーカーとは、まったく異なる世界です。

海野さん「私のいた頃の銀行というのは、基本的に行動や思考のパターンが限定されていました。支店長や本部長時代にもいろいろと判断する機会はありましたが、一定の枠の中で判断するのが普通でした。今いる長谷川香料にはそういった意味でいうと『ビューロクラシー』(官僚主義)はないので、いろいろな試みができます。ただ、銀行のような大きな会社ではないので失敗すると、とんでもないことになる。そのために、どうやってリスクを判断していくのか、これがいつも頭の中にあります」

「外国人の目から見た」日本企業の経営

経営では「変革」を掲げている(写真は、長谷川香料の海野隆雄社長)
経営では「変革」を掲げている(写真は、長谷川香料の海野隆雄社長)

――経営では「変革」を掲げています。海野社長から見て、会社は変わりましたか。

海野さん「当社は昔から利益を出し続け、赤字になったことはありませんでした。しかし伸びてもいなかったので『変えなければいけない』と感じました。家族主義的経営を行ってきたため、厳しさがなかったりするので、いろいろと組織を変えてきました。今もまだ企業カルチャーを変えようと努力しているところです。経営スピードを早め、部門ごとの垣根を取り払いました。グローバルスタンダードの経営をしなければいけないと考え、今まで国内中心に見ていたIR(インベスター・リレーションズ)や経営指標を、海外投資家が見たときにも納得できるものに進化させ、彼らの要求に素早く対応できるように変えています」

――そのお考えが積極的な外部人材の登用につながっている?

海野さん「私は香料会社の経営者です。といっても経営の専門的なノウハウは持っていますが、香料については専門家ではありません。これまでは『香料の会社だから香料を知らなければいけない』という考えに囚われて経営を進めてきたところがありますが、必ずしも正しくはありません。私は各分野の専門家を集めようと外部から人材を招へいしました。営業部門、マーケティング部門、国際部門、監査部門、の専門家です。皆それぞれが各部門の専門知識と運営手法を身に付けている人たちです。経営のコンセプトはどの会社でも同じですからすぐに対応できます。香料は極めて特殊なノウハウを必要としますが、幸い香料の専門家は社内に多く存在するので、香料のことは、彼らに安心して任せておけます。
一方で、これまでは長年の勘と経験を身に付けた人に頼ってきた部分があることも事実です。何十年も同じ仕事に就いているのだから、その勘はよく当たり利益も出ていました。ところが、その人が辞めたるときに後任がその勘を引き継ぐことは難しい。それをきちんと組織として取り込んでおけば、若手にスムーズに引き継げます。これはサクセッション(事業継承)としての課題で経営陣についても当てはまります。
そうした中で、マリヨン・ロバートソンという不動産コンサルタントとニューヨークで知り合いました。彼は日本の経営っていうものが、いかに世界と違うかを書いていて、ハッと気づかされるものがあります」
「コミュニケーションを良くして、どんどん決断していかないと海外に負けてしまう」(写真は、長谷川香料の海野隆雄社長)
「コミュニケーションを良くして、どんどん決断していかないと海外に負けてしまう」(写真は、長谷川香料の海野隆雄社長)

――それが、こちらの「なぜ『思い込み』から抜けられないのか」(マリヨン・ロバートソン著)ですね。著者がこの本を執筆されたとき、日本の会社は早くグローバルスタンダードに変わらなければいけないのに、「意識が低い」と指摘していました。

海野さん「ええ。『変えたほうがいいんじゃないの』と言っていました。以前、彼は日本に会社を持っていて、『日本の会社はまどろっこしい』とも。誰も判断を下さないため、決まらないと。もっとスピード感をもって、コミュニケーションを良くして、どんどん決断していかないと、(海外に)負けちゃうよ、と。
彼はじつに幅広い経歴の持ち主で、オリックスバファローズ(当時)のエグゼクティブ・アドバイザーや、全日空や東京ガスの社外アドバイザーを務めました。幅広い知識を持っていますから、ファンが多いですね。楽しい人物で示唆に富んでいます。これは捨てられない一冊です」
海野隆雄社長がハーバード時代に使っていたバインダーと参考書の「ANALYSIS OF DECISIONS UNDER UNCERTAINTY」。オススメの一冊「なぜ『思い込み』から抜けられないのか」
海野隆雄社長がハーバード時代に使っていたバインダーと参考書の「ANALYSIS OF DECISIONS UNDER UNCERTAINTY」。オススメの一冊「なぜ『思い込み』から抜けられないのか」

――ふだんは、どのような本を読んでいますか。

海野さん「中学生の頃からSF小説が大好きで、今でもアイザック・アシモフの本を大事にしています。『空想自然科学入門』というシリーズがあり、これは物凄く緻密に、科学的に分析して小説に仕立てています」

――英語が堪能です。洋書を読む機会は多いのでしょうか。

海野さん「そうですね。たとえば『Fire and Fury』(「炎と怒り トランプ政権の内幕」)とか、英語の本も読むのだけれど、読み捨てですね。
それより、最近は映像を見ることが多くなりました。将棋を見るのが好きでAbema TV、YouTube、それとNHKのEテレで将棋番組を見ています。(将棋の)NHK杯は持ち時間が10分で待ち時間を使い終わると一手30秒で指さなければなりません。時間を使い果たした終盤の緊迫感がとても面白く、興奮します。自分では指せませんが、何手も先読みして、これを指したことでどういう変化を期待しているのか、どう対応しているのか。解説者が全部説明してくれます。それを聞くと、『あぁそうか』『そこまで読んで、あの手を打っているのか』とわかります」

――日頃から、そのように思考を鍛えていらっしゃる?

海野さん「そうしないと呆けちゃいそうですし、それと考え方が固定化されないようにしているのかな。(笑)物事をいろんな側面から見ることがいいのかなと思います」

(会社ウォッチ編集部)


プロフィール
海野 隆雄(うみの・たかお)
長谷川香料株式会社
代表取締役社長兼社長執行役員

1970(昭和45)年、慶応義塾大学経済学部卒。1976年ハーバードビジネススクールMBA。1970年三井銀行(現三井住友銀行)入行。三井住友銀行常務執行役員、株式会社さくらカード社長を経て、2008(平成20)年7月に長谷川香料に入社。同12月、取締役兼専務執行役員に就任。09年12月事務管理部門管掌、10年12月海外事業部門管掌、11年12月国際部門管掌、14年取締役副社長執行役員、T.HASEGAWA U.S.A.,INC. Director & Chairman(現任)、16年12月国際部統括部長、17年11月1日から現職。
神奈川県出身、74歳。