2024年 4月 26日 (金)

開高健ノンフィクション賞の『五色の虹』 幻と消えた「満州建国大学」の実像に迫る

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「昔のことは忘れたよ」

   中でも北朝鮮への帰国を選択した朝鮮人学生K氏は、最も数奇な運命をたどった1人だ。戦後は北朝鮮で大学教員をしていたが、ある日当局に呼び出され、韓国に行って昔の同級生たちを懐柔し、極秘情報を入手せよ、というミッションを与えられる。工作船で潜入するが、身元がばれて捕まり、韓国で20年もの刑務所生活を強いられた。

   1987年に出所したが、職も身寄りもない。泣き着いたのが昔の同級生だった。それも日本人の――。日本で牧師になっていた同級生に手紙を書き、窮状を訴えた。牧師は定期的にポケットマネーを仕送りし、その額は積もり積もって数百万円にのぼったという。K氏はそのことを2003年に亡くなる直前、韓国内の同級生に打ち明けた。

   主義主張や、戦後の立場を超えて、困っているかつての同窓生を助ける。それも表に出ないようにして。五族協和の細々とした「遺脈」を見つけたような気がしたのだろうか、三浦記者はもっと詳しく話を聞きたいと、都内に住むこの牧師を訪ねた。しかし牧師は、「昔のことは忘れたよ」と会話に応じなかった。あなたの人生はどんな人生でしたかと尋ねても、猫に囲まれた部屋で牧師は静かにほほ笑むだけだった。傍らで老妻が「私にとっては素晴らしい人生でした」と言葉をつなぎ、涙ぐんだ。

   三浦記者は1974年生まれ。学生時代にバックパッカーとして70か国を回ったという。5年がかりの本書には、そんな著者の行動力が凝縮されている。3.11の東日本大震災のあと、南三陸駐在を経て、現在はアフリカ特派員(ヨハネスブルク支局長)。

   「あとがき」で、(五族協和は)無数の悲劇を残したが、「彼らが当時抱いていた『民族協和』という夢や理想は、世界中の隣接国が憎しみ合っている今だからこそ、私たちが進むべき道を闇夜にぼんやりと照らしているのではないか」と記している。

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