2019年 11月 12日 (火)

重すぎた旅荷物 室井滋さんがスタイリストに示した優しい気づかい

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   女性セブン(3月7日号)の「ああ越中 ヒザ傷だらけ」で、室井滋さんが重すぎた旅荷物について「反省」している。

   「元気が出る旅エッセイ」「ムロイの道中に チン事件アリ!?」という副題の通り、芸達者の女優が旅にまつわる泣き笑い、ドタバタを綴る連載だ。風変りなタイトルは弥次さん喜多さんの珍道中、十返舎一九の「東海道中膝栗毛」からだろうか。ちなみに越中(富山県)は室井さんの出身地である。

   「間もなく平成の時代が終わろうとしている」...つかみどころのない冒頭だ。

   ハイそれで? と読み進める読者に、室井さんは平成に流行った歌や、進化したモノについて展開していく。電話、パソコン、蛍光灯...

「進化といえば、つい先日、私の頭にポッともう一つ浮かんだものがあった。『キャスター付きスーツケース』...キャリーバッグだ...誕生は一九七二年のことだそうだが...その後、大中小硬軟とバリエーションも増え、今では誰しもがガラガラ引くようになった」

   なんでまたキャリーバッグを思い浮かべたのか。ここで、重い荷物との格闘話となる。

   仲間と夕食を済ませた室井さんは、大宮から新幹線に乗り、翌日の仕事先である仙台に向かう。持ち物は巨大な黒いバッグひとつ。スタイリストが用意したもので、中身は仕事で使う衣装や靴などだ。室井さんは車内で、本や普段着、鍵盤ハーモニカ、DVDプレーヤーなどの私物も上から詰め込んだ。車輪の無い、ズタ袋のようなバッグはパンパンになった。

  • みんなでガラガラ。急ぐ時こそありがたいキャリーバッグ=新宿駅で、冨永写す
    みんなでガラガラ。急ぐ時こそありがたいキャリーバッグ=新宿駅で、冨永写す

ノミの歩みでホテルまで

   さて、間もなく仙台駅というアナウンスに立ち上がった室井さんだが、バッグが持ち上げられない。「ダメ! 一センチも浮かなかった。『ヤバイ、降りらんない。ヒ~ッ、ヤバ~』 私は岩のように重い黒バッグをズルズル引きずって必死で新幹線から脱出した」

   駅近のホテルにたどりつくため、室井さんは荷物を減らすことを考える。背中のリュックにあったペットボトルの水をまず飲み干し、空いたスペースにバッグの本やプレーヤーを移す。不要な書類を破り捨て、小物はズボンやコートのポケットに押し込み、私服のセーターを着込んだ。楽器は首から提げたというから、妙な格好である。

「バツゲームで皆の鞄を持たされてる下校途中の中学生みたい、と思ったら、可笑しくて腹に力が入らなかったものだ。蚤の歩みで何とかホテルに辿り着いた」

   ホテルで黒バッグの中身を確かめた室井さんは、重さの原因を知ることになる。底から出てきたものはといえば...

「ドッシリしたアイロン、スチーム用のペットボトルに水タップリ、着換え用のぶ厚い足拭きマット他色々と、気を利かせて準備してくれたものだらけ。『ああ、だったらキャリーバッグだったねぇ』 猫も杓子もキャリーバッグの時代に、あり得ぬ夜だった」

丸い随筆も悪くない

   記者の荷物も、取材資料や機材でついつい重くなりがちだ。難しいのは機動性が求められること。単独行が多いし、場合によっては追いかけたり逃げたりと、荷物と一緒に走ることもある。だからキャリーバッグは必需品で、空港の荷物待ちで時間を取られないよう、5日間くらいの出張なら機内持ち込みの1個にまとめていた。

   室井さんの場合、まとめすぎたことが誤算だった。そこから始まるユーモア随筆の読ませどころは、仙台駅に降り立った筆者が荷物を詰め替える場面である。字数にして150字弱の描写ながら、切羽詰まった室井さんの様子が目に浮かぶ。

   おそらくタクシーを使えるような距離ではなかったのだろう。やれることをした女優は、作業を終えてこうつぶやく。「これでどうよ! よっこいしょ」

   首から提げた鍵盤ハーモニカが私には謎のままだが、役者やタレントの移動は大変そうだ。通常なら事務所が車を手配し、マネジャーやらが同行するのだろう。しかし室井さんクラスでも独り旅があると知って、なんだか親しみがわく。

   重さの「責任」を負うべきスタイリストへの気づかいや、温かい言葉にも好感が持てた。とんがったエッセイも面白いが、丸いのもいいなと思った。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)

コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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