2024年 4月 19日 (金)

電話の女性は声が高い 山崎ナオコーラさんが低音で男性と話すワケ

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   レタスクラブ3月号の「考えごとで家事を楽しむ」で、作家の山崎ナオコーラさんが、女性の声と、それを男性がどう受け止めるかについて一考している。

   冒頭は、旅先で見たNHKの人気番組「チコちゃんに叱られる!」の話。テーマの一つが「なぜ女性は電話に出ると声が高くなる?」だった。山崎さんも子ども時代、母親や近所のおばさんが電話口や店先で、確かに声を高くして喋っていたのを思い出す。

   チコちゃんの答えは《ちっちゃいと思われたいから...かわいらしく無害な存在であると連想させるため》である。女性にはそういった「本能」があるのだろうか。いやむしろ社会的な要素が大きいと、山崎さんは見たようだ。

   「昔はそれが良しとされていたのだ」という筆者は、理系の進学校から電機会社に進んだ母の振る舞いに思いをはせる。配線や組み立てなどの作業、説明書の読み込みは得意だった母が、夫や他の男性の前では「教えてくれる?」という感じで接していた。

「『本当はわかっていることでも、わからないふりをすることが、女の務め』といった考え方ではないだろうか。私はそれに馴染めない」

   山崎さんは以前から「かわいがられたくない」と思ってきたそうだ。「たとえ優しくされても頭にきてしまう。かわいがられるのではなく、尊重され、親切にされたい」

   だから男性の前ではあえて低い声で、腹に響かせて威厳を示すのが習いになった。

  • 「奥さんでもいいんですけど」なんて…
    「奥さんでもいいんですけど」なんて…
  • 「奥さんでもいいんですけど」なんて…

年下男がタメ口を

   山崎さんは長らくテレビのない生活だったが、つい最近、映画を観るためだけに大画面の品を購入したという。別注のテレビ台が先に届いた。配送業者に組み立てまで頼んでいた筆者は襖の奥に引っ込み、むずかる赤ん坊と一緒に別室で出来あがりを待った。

   作業する2人は山崎さんと同年代の男性で、感じのいい人たちだった。

   「お客さーん」の声がする。台所にいるはずの夫が出ないので襖を開けると、こう言われたそうだ。「あ、お客さんじゃなくて奥さんでもいいんですけど、テレビはどのくらいの大きさなんですか」。かなり低い声で「55型です。来週に届くんです」と筆者。

「私もお客さんだ...夫を想定して『お客さん』と呼びかけたら違う人が出てきたから、つい言ってしまっただけの言葉かもしれない。でも、こういう感じのことはよくある」

   電気、ガス、水道、通信...色んな業者が来訪し、電話をよこす。そのたびに、うんと年下の男が「奥さんに理系の説明はわからないだろうが」「決定権はないでしょうけど」とタメ口をきく。彼らはキホン、たいてい親切で、子どもに優しく接してくれたりもするが、山崎さんは軽く見られることに我慢ならない。

「私が金を出し、選び、決定しているのに、『お客さんの代理』という扱いだ...にこにこと受け流せば波風が立たないのだと思う。でも、私は頭にきてしまう。私は低い声を出し、必要以上に背筋を伸ばして応答する」

体験的ジェンダー論

   まだ低い女性の社会的地位、なお残る「男は度胸、女は愛嬌」、奥様は機械オンチの先入観...色んなことを考えさせるエッセイである。

   冒頭の「チコちゃん」は、素朴で身近な疑問をテーマに、うまく答えられない芸能人らにチコちゃん(永遠の5歳)が「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と喝を入れるバラエティ番組。2018年春に放送が始まった。

   電話に応答する女性の声が高くなるのは「小さく無害な存在と思わせるため」というチコちゃんのご託宣に、山崎さんは大意「自分が子どもの頃はそうだったが、最近は逆ではないか。少なくとも私は普段より低い声を出す」と反駁する。そこから始まるジェンダー論は、自らの体験に基づくものだけにわかりやすく、説得力を伴う。

   この社会に染みついた悪しき慣習。にこにこと受け流していたら、次の世代に引き継がれるだろう。「お客さんじゃなくて奥さんでもいいんですけど」。そう言ってしまう配送マンに、たぶん悪意はない。ないことが問題なのである。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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