山小屋の暮らし 小川糸さんが求めた「繭のように守られる家」

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   NHKテキスト「すてきにハンドメイド」1月号の「寄り道だらけの山小屋日記」で、作家の小川糸さんが 山での生活を本格的に発信し始めている。

   「前回までのあらすじ」風に添えると、筆者は2年半ほどのベルリン暮らしを経て帰国、一から家探しを始めた。「自然のそばに身を置きたい、土の上を歩きたい」と考えた彼女は2020年の晩秋、手ごろな集合住宅を求めて八ヶ岳方面へ。そんな経緯を綴った連載初回は拙稿(2021年3月31日)でも取り上げたので、覚えている方もおられよう。

   小川さんが選んだのは、マンションではなく山小屋だった。東京を拠点に仕事を続ける傍ら、山梨県境に近い長野の森の中に、手造りの山小屋を発注したのだ。移住は半年前。東京の仮住まい(?)も残しているので、二拠点での生活である。

「標高1600mの森暮らしが始まった。山小屋に住むのは、私と愛犬のゆりね、ひとりと一匹だけである。正直、怖くないと言ったら?になる...設計をお願いする際も、開口一番、宇宙人が来ないような家にしてください、とお伝えした...半分は本気だった」

   小川さんはそもそも、戸建てにひとり(と一匹)で住むのは初めて。生まれ育った実家こそ一軒家だったが、そこには家族がいた。あとは集合住宅ばかり。初めての独り暮らしも、姉と同居したのもアパートで、ベルリンもそう。いつも近くに隣人がいた。東京の住居も完璧な防犯防災システムに守られているそうだ。

  • 山小屋暮らしの魅力とは
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着慣れたセーター

「そういう環境に慣れ切ってしまっているので、果たして自分が一軒家に、しかも森の中の一軒家になど暮らすことができるのか...それはもう、一か八かの賭けであり...恐怖を感じてしまったら、山小屋は無用の長物になることだってあり得た」

   だから設計 建築の担当者には「とにかく強固に」とお願いしたという。「外の世界で何が起きようと、一歩その中に入れば心から寛ぎ、リラックスできるように」と。

「着慣れたカシミアのセーターみたいな居心地のいい空間になるのが理想であると、確か、そんなようなことを伝えたはずだ。結果は、正しくその通りになった」

   夜の森は真っ暗。そこで迎える夜は怖くて当然だ。ところが初対面の山小屋は、着いたその日から、ずっとそこで寝起きしていたような気持ちにさせてくれたという。

「山小屋で暮らし始めて数日後、私は自分が今どこにいるのかも忘れてしまうほど、ぐっすりと深く眠ることができた。安眠できれば、もう心配ない。山小屋は、私を包む繭になったのである」

薪ストーブも備え

   小川さんの山小屋は、三角屋根の二階建て。地元産のカラマツを外壁に使い、自然光の具合によっては家全体がアメ色に光るそうだ。一階には土間と寝室、風呂にトイレ。二階のLDKには四方に大きめの窓があり、そこから東西南北の森を望めるらしい。

   定点発信型の読み物は、発信地がすべてと言ってもいい。たとえば私が「寄り道だらけの東京日記」を書いたところで内容は知れている。その点、山にせよ海にせよ、自然に囲まれた暮らしはそれだけで大変なアドバンテージである。

   自然と隣り合わせといっても、農家や漁師では大抵そんな余裕はない。そういう土地で生活しながら、継続的に身辺雑記を書ける人は限られるから、必ずニーズがある。

   小川さんの暮らしも魅力的だ。外壁やドア材に使ったカラマツは、ほんのり洋菓子のような甘い香りを放つそうだ。そして視界のどこかに常に緑がある。巨石がごろごろと転がる森を、私もその二階から、鳥の目で眺めてみたい。薪ストーブもうらやましい。

   「まだやったことのないことをしてみよう」と思い立った小川さんは、50歳を前に「山小屋暮らし」という大きな決断をした。それを可能にしたのは、時間が自由になる作家という生業であり、それなりの財力であり、日進月歩の情報技術である。

   幸か不幸かリモート文化の定着で、自由業であれば高いコストを払って都会に住むべき理由はほぼない。物書きなら前述の通り、「特別な土地」からの発信により作品の価値はむしろ高まるだろう。山暮らし関連、あるいはより広く 地方視点でコメントを頼むなら小川さん...という時代が来るかもしれない。

   まさに すてきなハンドメイド、いい買い物をされたと思う。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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