【書評ウォッチ】飼った豚を食べるとは 異色の体験ルポ

【2012年5月6日(日)の各紙から】東京新聞の読書欄が刷新された。くすんだような紙面が色鮮やかに変身したが、問題は中身だ……などと毒舌をからめて考えていると、これがけっこう面白い。「書く人」というトップ記事でもあるコーナーで『飼い喰い』(内澤旬子著・イラストも、岩波書店)をとり上げている。

   食卓の豚肉がどうやってできたかを思いめぐらす人は少ないだろうが、著者はこだわった。人工授精の時から見守り、飼育した三頭の豚。食肉処理場で肉に。「それを食べるまでを克明に描いた異色の体験ルポ」と、記事にある。評者は格別な肩書を示さない記者の一人。学者や権威者、専門家らのマニアックすぎて読者感覚からなんともずれた文章よりもよほどわかりやすい。

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人の命と食の問題を提起


『飼い喰い』

   著者のルポライター内澤さんは、世界中の家畜処理を取材した『世界屠畜紀行』を書いた後、講演会で豚や牛は何を食べているかと聞かれた。これをきっかけに、自分で飼うことを思いついたという。千葉県内に民家を借り、豚舎を建て、伸二、夢明、秀明と名づけた三頭と寝食を共にした。

   農家の多くは普通、家畜に名をつけない。情がうつるためだ。内澤さんはあえてその状況を作り、迷った。「豚に愛情を注いでいる自分がいて、それを眺めている別の自分がいて」と記事で語る。最後は現実に引き戻された。養豚農家の厳しい現実に迫ることができた。

 記事では触れていないが、人の命と食を考える問題提起にも通じそうな本だ。

漂流した人はウミガメの肉を

   飼育した豚の肉を食べるという行為は、2008年公開の映画『ブタがいた教室』の設定と似ている。この映画は、大阪の小学校で新任教師がやって賛否両論を呼んだ実話にもとづく。小学生にそれをさせたことは、44歳の内澤さんの場合より衝撃的だった。東京新聞の記事はそのへんに参考程度でも触れていたら、さらに充実したはずだ。ちなみに、映画の原案は『ブタのPちゃんと32人の小学生』(黒田恭史著、ミネルヴァ書房)。

   偶然にも、同紙の「3冊の本棚」コーナーに作家の椎名誠さんが「漂流記」を紹介していて、そこでは必然的に人の生存と食べ物が重要問題となっている。その中の1冊『荒海からの生還』(ドゥガル・ロバートソン著、河合伸訳、朝日新聞社)は漂流者一家が運よくウミガメを何匹も捕獲し、それを食べる話だ。ウミガメのおかげで人は誰も死なず、深刻ないさかいもなかった。意図してはいないにせよ、暗示的なページ構成になった。

(ジャーナリスト 高橋俊一)

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