【書評ウォッチ】会社員を仕事と家庭の両面から 新しい視点で現代的文学論

   【2012年5月27日(日)の各紙から】「会社員小説」というジャンル、文学の中にあったっけ? いくらでもありそうだが、はっきり聞いたことはあまりない。日本人の多くが、間違いなく会社員なのに……。そういう疑問に答える文学論『会社員とは何者か?』(伊井直行著、講談社)を、日経と東京新聞がとりあげた。「企業小説」とはちがう。ひとりの私人でもある会社員を主人公にした作品を題材に、きわめて現代的な問題を考えた。「新しい視点で実に面白い」「意表を突く文学論」と、日経で川本三郎さんが評している。

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「近代文学は会社員を描いてこなかった」


『会社員とは何者か?』

   これまで会社員とその小説についてまともに論じた文芸評論家は少ない。「そもそも日本の近代文学は会社員を描いてこなかった」と川本さんはいう。夏目漱石の『坊っちゃん』は、主人公こそ学校の先生だが、中身は仕事よりも学校内での人間関係がほとんど。高度成長期の代表的作家、源氏鶏太も社内の人間関係に集中していた。梶山季之らの「企業小説」は企業が主で、人間より経営や新技術の情報に傾きがちだった。

   「優れた会社員小説は極めて少ない」「人物たちの私生活は通りいっぺんに終わる」と、東京新聞でも評者の勝又浩さんが指摘する。これが自身も評論家である評者2人の共通認識。この分野はどうも心もとない状態なのだと、よくわかる。

大型戦闘ロボットに乗りこむ小さな人間

   では、「会社員小説」とは何か。

   会社に属すると同時に私人でもある人間が主人公。現代人の圧倒的多数であるはずの人たちを会社・仕事と家庭・私生活の両面からとらえる文学といったあたりだ。本はこの両面の対立や緊張関係を核に描くのが現代的な会社員小説という見方をしている。

   そこから庄野潤三や黒井千次、あまりとり上げられたことのない坂上弘、絲山秋子、長嶋有らを論じる。「会社員はガンダムだ」とたとえて、大型戦闘ロボットに乗りこむ小さな人間を浮かび上がらせもする。

   確かにありそうでいて、目立たない「会社員小説」。身近すぎて文学になじまなかった会社員という存在を、いまこそ見つめていい。文学がありきたりの日常からかけ離れた非日常世界を主に相手にしてきたためか、軽視されていたことは間違いない。

   その意味で、この本は文学とそれをとりまく業界プロたちへの的確な批判でもある。まあ、そうかたいことを言わなくても、自分や自分の周囲を見つめながら、現代の会社と会社員について考えるにはピタリの一冊だろう。

(ジャーナリスト 高橋俊一)

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