【書評ウォッチ】コミック撲滅運動と赤狩り 理解できない文化を排撃

【2012年8月5日(日)の各紙から】新しい文化と出る釘はいつでもたたかれる。理解できないものを人は嫌い、ときには破壊の対象にする。1950年代にアメリカで起きたコミック撲滅運動がその典型。同時期に発生した「赤狩り」と比べながら解説した『有害コミック撲滅!』(デヴィッド・ハジュー著、岩波書店)について、作家・荒俣宏さんが朝日で。日本にも波及した「悪書」狩り、図書排撃運動の本質を見抜く。異文化の台頭を恐れるあまり、ヒーローも悪扱い。この心理、今も気をつけなければならない危険をふくんでいる。

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文化秩序の破壊者として恐怖


『有害コミック撲滅!』(デヴィッド・ハジュー著、岩波書店)

   50年代のアメリカは、青少年に害をなす「悪い文化」を排除しようとした。ターゲットになったのが共産主義と漫画だった。赤狩りはインテリ層を狙い撃ちにし、コミック撲滅は愚かな俗悪文化から保守エリート層の価値観を守る大義名分で行われたという。

   アメリカン・コミックは、自由闊達で賢くて生活力のある「悪ガキ」を好んだ。スーパーマンなどの超絶的ヒーローを誕生させるが、エリート保守層からは「たった一人で敵を倒す英雄は独裁者賛美」と指弾。コミックは子どもの前で焼かれたこともあった。

   スーパーマンやスパイダーマンを「単純な正義の味方ではなく、暗い影を背負った複雑な性格の持ち主」とする評者は、親らしい動機以上の切実さを感じとる。理解不能の「新文化」は共産主義と同じように文化秩序の破壊者として恐れられた、と見るのだ。

したたかに「倒されても死なない存在」に

   本は、コミック出版側のしたたかな禁圧逃れも追跡している。犯罪や暴力がだめならロマンスやホラーに切り替える。法律では裁けない怪物や宇宙人を搭乗させる変わり身の早さ。コミックは子どもの好きな怪物のように「倒されても死なない存在なのだ」と評者は言いきっている。

   この本、5040円。その価値はあるのだろうが、もう少し安くできないか。文化の一端をになってきた岩波書店に、そのへんの配慮と努力があっていい。

   超人的なヒーローも宇宙人も出てこないが、『春山町サーバンツ』(朝倉世界一作、エンターブレイン)を、コミックコーナーを常設している朝日が紹介した。東京都心のビル街から少し奥に入ると現れる古い下町。「地元民」たちの日常がコメディータッチで描かれる。「ここで生きていくことの手応え」とは、まんが編集者のササキバラ・ゴウさんの評価だ。

   東日本大震災から自分がいる地域と改めて向き合う意識が強まった。その一つでもあるのだろう。

(ジャーナリスト 高橋俊一)

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