霞ヶ関官僚が読む本
尖閣外交「1発逆転」はあるか 「現代の古典」に学ぶ「構想力」

   我々は、いま、戦後安住してきた米国の傘がゆらぐ国際政治の大変動の中、尖閣問題を契機に、強大化した中国を前にして、どのように東アジアで立ち位置を見出すか途方にくれている。

   「海洋国家日本の構想」(高坂正堯著、中公クラシックス2008年)は、傑出した歴史観を持つ政治学者が、イギリスの歴史を咀嚼し「海洋国家」として日本を構想する。約50年前に書かれたものだが、これを読むと眼前の霧が晴れた気持ちになれる。

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「50年前の提言」と「山中教授ノーベル賞受賞」


「海洋国家日本の構想」

   高坂氏の後継者である中西寛京大教授による本書の解説も極めて意義深い。中西氏は、「高坂が見通しているように、日本は米中という大国の間にあって、ともすると従属関係にはまり込んでしまう危険性がある。しかしその危険を回避するために役立つのは、いたずらに自主性や対等性を主張することではなく、あくまで緻密に国際政治の構造を分析し、日本の国力を高めることである。そのための方策として、日本が極東に位置しながら、海洋によって世界とつながり、軍事面で一定の役割を果たしながらも、中心的にはその経済力、知的能力において国際的影響力を高めるべきであるという高坂の構想は、今でも全く古くなっていない」という。

   2005年1月から2006年6月にかけて、読売新聞政治部は、政局報道ではない政策報道として、「国家戦略を考える」という画期的な連載を行った。「科学技術立国の危機」、「漂流する海洋国家」、「自覚なき無資源国家」、「安全大国の幻想」、「揺らぐ知力の基盤」などが真摯に取材され、国家の浮沈にかかわるこれらの問題が放置されていることに警鐘をならした(「検証 国家戦略なき日本」(新潮社刊2006年・新潮文庫2009年))。高坂氏の50年前の提言が生かされていないことにはむなしさを感じるが、皆が問題意識を共有すれば、まだ挽回できないわけではない。山中伸弥京大教授が、自身のノーベル賞受賞を「日本という国の受賞」と発言された記者会見には、大いに勇気づけられる。

外交政策決定過程の閉鎖性と情報公開の重要性

   また、高坂氏は、我が国では、職業外交官の誤ったくろうと意識に由来した外交政策決定過程の閉鎖性が最大の障害となって、世論に呼びかけ、話し合い、そこから支持を得てくるということができずにいることを鋭利に指摘し、「外交が世論の強力な支持を得たとき、日本は外交政策を持つといえる」と断ずる。これは、ハロルド・ニコルソンの古典「外交」(UP選書 東京大学出版会1968年)、細谷雄一氏の入門書「外交 多文明時代の対話と交渉」(有斐閣Insight 2007年)や味わい深い名著「大英帝国の外交官」(筑摩書房2005年)でも指摘されている議会制民主主義下の外交政策と職業外交官による外交交渉の区別の問題でもある。ただし、急いで付け加えなければいけないが、戦後の日本の平和と繁栄には、日本外交が大過なく遂行されてきたことが間違いなく寄与した。政府不信に対応するには、最近本格化した外交文書の適切な管理・保存と一定期間後の公開が説明責任を果たすために死活的に重要だ。

   まずは、歴史を真摯に振り返り、高坂氏やニコルソン氏の著作のように、長く読み継がれてきた現代の古典を吟味し、将来を構想して、「日本が外交政策を持つ」地道な努力が必要だ。ここに至れば、1発逆転ホームランのように形勢を一挙に逆転できるような解決策はないとみるべきだろう。

経済官庁B(課長級 出向中)AK

   J-CASTニュースの新書籍サイト「BOOKウォッチ」でも記事を公開中。

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