軽減税率導入の真相...「政府不信」が複雑にする税制改革

   12月は、政府に関係するものにとっては、次の年度の活動のおおもととなる、来年度予算や税制改正の政府・与党案が決められる1年の中でも大切な時期である。

消費税 政治と官との「十年戦争」
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エコノミストらは「効果」を疑問視し「非効率」を問題視

   いま、世間の関心を集めているのが、2017年4月から税率が8%から10%に上がる予定の消費税に、低所得者のほうが税負担が重くなるといういわゆる「逆進性」の対策として、軽減税率を導入するという議論だ。現時点では、導入すること自体は、政府の方針として固まっていて、軽減税率の対象範囲をどうするのかが、ぎりぎりの政治的調整の核心となっている。

   しかし、そもそもの軽減税率の導入自体について、評者がその論考にいつも注目している、大竹文雄大阪大学教授、小峰隆夫・小黒一正法政大学教授など経済学者や、吉崎達彦氏、櫨浩一氏などエコノミストは、みな一様に、低所得者対策として効果が薄いわりに、導入で生じる非効率の問題が大きいなどとして強く批判している。まずは、ながく政府税制調査会長として活躍した石弘光元一橋大学学長の「増税時代―われわれはどう向き合うべきか」(ちくま新書 2012年12月)を読んで、これまでの税制改革の論議を踏まえた上で考えたい。

自公民3党合意でそれぞれの党が何を譲り何を通したのか

   透徹した視野と卓越した取材力で定評のある清水真人氏(日経新聞編集委員)の「消費税 政治と官との『十年戦争』」(新潮文庫 2015年12月)が文庫となり増補されてちょうど出た。軽減税率が、政権内の大きな摩擦を生んでいる経緯については、この第6章「谷垣禎一 『近いうち解散』の結末」の自民・公明・民主3党の合意形成にいたる迫真の記述を読むことをまずはお勧めする。また、「消費税日記~検証 増税786日の攻防」(伊藤裕香子著 プレジデント社 2013年6月)は、この3党合意で、それぞれの党が何を譲り、何を通したかを知るのに有益だ。これまで増減税セットの中で進められてきた消費税をはじめとする税制改正の流れに、社会保障のために増税を明確に断行するという大きな転機を生み出した、谷垣禎一氏、野田佳彦氏などキーマンのインタビューを含む、朝日新聞の担当記者の労作だ。

   いまの時点での、低所得者対策としての軽減税率導入を、有力な経済学者たちが反対する理由を深く理解するには、財政専門家の手になる「日本財政の現代史」(全3巻 有斐閣 2014年4月~6月)の第Ⅱ巻第9章「付加価値税の導入過程と逆説的性格」(田尾真一執筆)が、加藤淳子東大教授の卓越した英文での研究成果を踏まえた論考で、最適だと思う。

歳入コストの大きさに悩まされている欧州各国

   実は、比較的新しい時期に消費税(一般に「付加価値税〈VAT=value added tax〉」という)を導入した、日本(1989)、ニュージーランド(1986)は、逆進性緩和措置としての軽減税率などを持たないため、課税ベースが広く、税率構造も簡素であり、効率的に社会保障を支えるために必要な税収が調達できる「第二世代の税制」とされ、歳入コストの大きさに悩まされている第一世代の欧州の国から、理想的な税制として高く評価されているという。

   日本新聞協会の新聞への軽減税率適用を訴えるパンフレット(「新聞と消費税 軽減税率は世界の常識」)の「世界の常識」に、新聞への軽減税率などがないオセアニアの2つの先進国が入らないのは、ご愛嬌というところか。

   前出の小黒教授は、「軽減税率は世界の潮流でない。」と断じている。IMF(国際通貨基金)が2001年に出版した 「The Modern VAT」という世界の付加価値税を国際比較した専門書によれば、複数税率で導入する国は急激に減少して、1990年以降は単一税率で導入する国が大勢を占めているし、また、「マーリーズ・レビュー」(Mirrlees Review=2010年、イギリスのノーベル経済学賞受賞者であるジェームズ・マーリーズ卿を座長に世界トップクラスの経済学者チームによって作成・公表された税制改革指針)では、単一税率の付加価値税を導入しつつ、低所得者対策は給付付き税額控除で対応する方式が最も望ましいと提言しているという。

   しかし、「社会保障や税負担の公平性への信頼があれば、逆進的な税であってもその財源の1つとして受け入れられる」が、そうでないと、今回の軽減税率導入の議論の底流にみられる「政府不信」が、税制論議に極めて有力に影響を与えるのは止むを得ないということなのだ。信頼回復に取り組んでも、いっこうに改善がみられないのは誠に残念至極だ。

経済官庁(総務課長級 出向中)AK

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