春にさえずるひばりを独奏ヴァイオリンが表現...ヴォーン=ウィリアムズの人気曲

   日本全国各地で桜が開花し、いよいよお花見シーズンとなっています。日本の春は、桜によって彩られますが、春を告げる音と言ったら、いろいろな鳥の鳴き声です。春を告げる鳥として世界各地で親しまれているひばりを題名にした曲を今日は取り上げます。イギリスの作曲家、レイフ・ヴォーン=ウィリアムズの「揚げひばり」です。

    揚げひばり、とは空高く舞い上がってさえずっているひばりの様子を表した言葉で、俳句では春の季語となっています。文字面からは、鶏のから揚げ...のように見えてしまうので、「ひばりは舞い上がる」という日本語訳を付けられることもありますが、原題は、「The Lark Ascending」です。

「揚げひばり」の楽譜。冒頭にメレディスの詩の一節がしるされている
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ジョージ・メレディスの詩にインスピレーション

   それに、「ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス」と副題がつけられています。ヴァイオリンがオーケストラをバックに演奏する形態は、複数楽章を持つ「ヴァイオリン協奏曲」という形が最も多いのですが、この曲は性格小品ともいうべき16分ほどの作品となっています。つまり、作曲者ヴォーン=ウィリアムズは、ヴァイオリンをソロにして超絶技巧などを披露するいわゆる協奏曲形式のものを作りたかったわけではなく、純粋にオーケストラのサウンドに、独奏ヴァイオリンがいわば「乗る」形の曲がほしかったわけです。

   この曲を彼が手掛け始めたきっかけがありました。漱石や逍遥が日本に紹介した作家、ジョージ・メレディスが書いた詩にインスピレーションがわいたのです。122行もある詩なので、抜粋なのですが、ヴォーン=ウィリアムズは、楽譜の冒頭に詩を掲載しています。ひばりを「He」であらわしたこの詩は、格調高い文体で、ひばりが舞う様子を活写しています。

   1872年にイギリス、グロスターシャーに生まれたヴォーン=ウィリアムズは、父方は貴族、母方は陶器で有名なウェッジウッド一族で、恵まれた少年時代を過ごし、音楽だけでなく、ケンブリッジ大学で文学や歴史学も学んでいます。演奏より作曲を志すようになってから、イギリスの民謡の収集などのために英国各地を回る一方、フランスのラヴェルなどに師事し、作曲の腕を磨いています。

義勇兵として参加、第一次大戦開戦の年に簡易版草稿

   彼の作曲のモチーフには「消えゆく英国の伝統へのオマージュ」や「イギリスの田園風景」といったものが多く、この「揚げひばり」もメレディスの詩を読んで、彼の頭の中には作曲すべき光景が広がったのかもしれません。舞い上がりながらなくひばりの声が、独奏ヴァイオリンによって表現され、その後ろの風景を、オーケストラが奏でる、とても心休まる音楽となっています。日本の春の光景は何といっても咲き乱れる桜ですが、ヴォーン=ウィリアムズの音楽を聴くと、イギリスはひばりが舞い上がる光景なのかも...と思ってしまいます。実際に、この曲は、彼の曲の中でも人気が高く、ラジオの人気投票などでも、常に上位に来ます。

   彼がこの曲をピアノ伴奏の簡易版で草稿を書き上げたのは、1914年でした。第一次大戦が開始した年です。すでに彼は40代だったので、徴兵はされませんでしたが、ノブレス・オブリージュの考えからか、自ら志願して、陸軍の医療兵団に義勇兵として参加し、フランスなどで激しい戦闘の中担架を運ぶ作業などに従事しました。彼の眼には、荒れる悲惨な戦場、失われてゆく「19世紀的なヨーロッパ」が映っていたはずですが、彼の心の中では田園風景の中、ひばりが舞い上がっていたのです。音楽は、優れた作曲家の「フィクション」によって作り出される芸術ですが、背景を知ると、ヴォーン=ウィリアムズの作曲にかける情熱が伝わってきます。

    1918年の終戦後、復員したヴォーン=ウィリアムズは、この曲を完成させ、1920年にやっとピアノ伴奏版が初演され、翌年、オーケストラ伴奏の形になった現在の「揚げひばり」として初演されています。

本田聖嗣

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