クリスマス・イブに演奏される「真夜中のミサ」と謎多きフレンチバロックの作曲家シャルパンティエ

   いよいよ今週は、クリスマスの週です。西欧の宗教行事や文化や習慣を換骨奪胎してオリジナルのものにしてしまう日本ですが、今年もたくさんのクリスマス関連商品が街にあふれています。しかし、クリスマスとは、ご存知のように、キリスト教の1年の中で最も重要な宗教行事の一つであり、キリスト教音楽を起源のひとつに持つクラシック音楽には、当然クリスマス関連の曲がたくさんあります。

    今日はその中から、フランスのバロック期の作曲家、マルク=アントワーヌ・シャルパンティエの代表作、「真夜中のミサ」を取り上げましょう。

M.A.シャルパンティエの肖像
Read more...

宮廷作曲家が上演を妨害

   話は少しそれますが、フランス語で「ノエル」というと、クリスマスのことを指しますが、そのほかに、「クリスマスシーズンに歌われる、民衆の間で伝えられてきた歌」という意味があります。ちょうど、英語の「キャロル」に相当します。「牧人ひつじを」、や「荒野の果てに」などの歌は日本でも親しまれていますが、これらはみな英語で「クリスマス・キャロル」であり、フランス語で「シャン・ド・ノエル(クリスマスの歌)」といわれるジャンルの作品であり、それを略称で「キャロル」「ノエル」と呼びならわしています。16,17世紀には、これらのジャンルが民衆の間で成立していた・・というか、すでに曲が存在したことが確認されていますが、古いものでは、13世紀ごろから、歌い継がれていたようです。

   本題に戻って、マルク=アントワーヌ・シャルパンティエですが、(フランスには19世紀生まれのギュスターヴ・シャルパンティエという作曲家がいるので、フルネームで記される場合が多くなります、またフランス語はリエゾンといって言葉をつないでしまうので『マルカントワーヌ・シャルパンティエ』とも表記されますが、これは同一人物です。ややこしいですね・・)17~8世紀のことで、彼の前半生の経歴はよくわかっていません。

   同じフランスにイタリアからやってきて、ルイ14世のお気に入りとなったジャン=バティスト・リュリより少し年下のほぼ同年代といわれているのですが、生年月日はおろか、多分パリかその周辺であろうといわれている出身地さえもわかっていないのです。なぜなら、当時のフランスの音楽家の最高身分となる宮廷音楽家には、ならなかったからです。革命以前は、文字通り、宮廷は「絶対権力」だったのです。ただ、若いころにローマに留学した、ということと、フランスに帰国してからは、王家ではなく、その周辺に仕える貴族の音楽家となりつつ、さらにはパリのサン・ルイ教会とサント・シャペルという二つの教会の楽長職を歴任したことがわかっています。一説には、彼の才能を恐れた「宮廷作曲家」リュリが、宮廷には近づけないように画策したからだ、とも言われています。事実、宮廷でリュリと芸術的に対立した劇作家モリエールの原作に音楽を付け、オペラを作ることなどをしていますが、これも、リュリによる上演妨害にあった、とも言われています。

クリスマス・キャロルをたくさん織り込む

   パリの二つの教会の楽長を引き受けていたせいでしょうか、シャルパンティエは500以上ともいわれる、大変たくさんの宗教曲を残しました。その中でも1番有名なのが「真夜中のミサ」です。6つの曲からなるこのミサ曲は、降誕祭の前夜、つまりクリスマス・イヴの真夜中に行われるミサのための曲です。

    そして、この曲が彼の代表作、人気作となったのは理由があります。本来、厳格なミサで演奏される曲なのですが、彼は、その中に、フランス伝統の「ノエル」・・・つまり民衆の中で、歌い継がれてきた「クリスマス・キャロル」をたくさん織り込んだのです。ありがたそうだけれどもなんだかむずかしそうな宗教曲、ではなく、古くから人々が歌ってきて、その当時も人気のあったクリスマスの歌、これらを曲の中で頻繁に聴くことができる「真夜中のミサ」は、おそらく、当時の人にとっても、思わず口ずさみたくなる曲だったはずです。先週の「きよしこの夜」のように、人々に親しまれた曲は、名曲となり、後世に語り継がれる曲となったのです。

本田聖嗣

注目情報

PR
追悼