息子や娘に伝えたい「仕事を楽に進める方法」

   ■「明るい公務員講座」(岡本全勝著、時事通信社)


   私事となるが、評者の娘は、この春から社会人となった。今のところ、毎朝、学生時代にはあり得なかった時刻に目覚ましを鳴り響かせ、「あれがない」「これを忘れた」と騒動を起こしながらも何とか出社している。多くは語らないが、毎日、会社という組織の中で、右往左往しながら、これまでにない経験をしている様子である。

   評者の職場にも、5月から研修を終えた新人たちが配属された。親子ほどに歳の離れた後輩であり、評者自身が直属の上司となることはないが、様子を見ていると、慣れぬ官庁文学、霞が関の仕事の流儀などに戸惑いを見せながらも、精一杯、笑顔をつくって頑張っているようだ。

   本書は、こうした新人公務員にうってつけの仕事・職場の入門書。著者は、広く霞が関にその名を知られた前復興庁事務次官の岡本全勝氏。一般に「偉くなった」人の仕事論は、どうしても上から目線の説教調になりがちだが、本書は徹頭徹尾、読者本人にとって、どうすれば職場で効率よく仕事を進められるかという視点から書かれたもの。あとがきに「初級論」と記されているように、特にアッと驚くような指摘ではないが、30年間、同じ公務員として仕事をしてきた評者にとっても、一つひとつが妙に納得のいく、説得力ある内容である。

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「仕事のイロハ」を38年間の体験を基に具体的に解説

   本書の最後に、「本書のまとめ」が1ページに要約されている。

1 楽しく仕事をして出世するこつは、明るさです。
・挨拶と返事を忘れずに。
・一人で悩まず、相談しましょう。
・しなければならない仕事を書き出し、工程表を作りましょう。
2 説明は、唾を飛ばすより紙で。
・説明する概要を、1枚の趣旨紙にまとめます。
・結論から書きます。
・文章は短く、1つの文章には1つの内容を。
3 服装と振る舞いが、あなたをつくります。
・良い服装で、あなたを売りましょう。
・毎日の所作が、あなたの人格をつくります。
・清く明るく美しく。

   いずれも、シンプルな指摘であり、特別なノウハウといった類のものではない。著者自身も、あとがきで書いているように、

「ここに書いたことは、とても簡単なことばかりです。本屋に並んでいる、抽象的な心構えの本でもなく、ビジネススキルのノウハウ本でもありません。それらの基礎となる、仕事のイロハです」

   しかし、これを「常に」実践し続けることは、決して簡単でない。いや、退職するまで、中身を伴う形で実行し続けることのできる人は、そうそういないのではないか。

・実際、工程表を作ることはできる。しかし、その後の日々刻々の状況変化に応じて進捗を管理し、工程表を改訂し続けることは容易なことではない(途中で工程表と現状が大きく乖離してしまうことがしばしば起きる)。

・また、(時間をかければ)説明用の1枚の趣旨紙を作ることはできる。しかし、職位が上がるにつれて、担当する仕事が増え、説明しなければならない事項が等比級数的に増えていく。畢竟、様々な部下にその作成を委ねざるを得ないが、常に、一定水準以上の説明ペーパーの作成がなされるように部下の教育を続けることはなかなか難しい。

   確かに、仕事をする上で大切なことは、本書に書かれているようなシンプルなことだろう。そして、それは、新人職員だけでなく、何十年と働き続けている者にとっても変わることのない「仕事のイロハ」なのだ。

   上司への相談一つとってみても、若い頃は、上司の係長や課長補佐が相手となる。だが、著者のように出世すると、大臣や総理大臣が相手となる。そんな場面でも、若い頃と同じように、「こんな方向で進めたいと思いますが、よいですか」「この人に意見を聞いたら、こうおっしゃっていました」「甲案と乙案がありますが、どっちがお好きですか」とやっているのだ。

経験者が教える、若手職員にぜひ知ってほしいこと

   評者自身30年間、働いてきてわかったことがある。

   若い頃、真剣に悩んでいたことも、職位が上がって振り返ってみると、なぜ、そんなことであれほど深刻に悩んでいたのか、と思うことだ。

   著者も、本書のまえがきで、同様の経験を記している。

「本人にとって『大事件』であっても、経験者から見ると、案外簡単なことで悩んでいる場合が多いのです。私たちは、『人類史上初の大事件』には、そうたびたびは出会いません」
「上司として、部下がつまらないことで悩んでいるのを知りました。そしてある段階で気付きました、『な~んだ、みんな同じようなことで悩んでいるんだ』と」

   本書において、著者は繰り返し「一人で悩むな、抱えるな」と強調している。悩んだときの特効薬は相談すること、常備薬は友人や先輩だというのだ。

「自分の考えた案に自信が持てないときや、どちらに進んでよいか分からないときは、じっと一人で悩まずに、上司や先輩に聞いて回ることにしていました」
「私たちの仕事は、これまでにないことを発見するようなことではありません。国民や住民を相手にした問題です。しょせん人間がやることですから、たいがいは『前にも、よく似た例があったよなあ。あのときは......』となります。山よりでっかい獅子は出ないのです」

   アレコレと思い悩んで、メンタルな問題でダウンしてしまうのは残念だし、そもそも、経験と知識に限りがある若手が思いつく範囲のアプローチでは、既存ルールで解決のつかない課題への対応は、なかなか難しいだろう。

   自分なりに一生懸命、調べ、考えたのであれば、その案を持って、さっさと職場の先輩に相談してみることだ。方向性は合っているか、他に選択肢はないか、もっと調べることはないかなどを教えてもらうことが、自分のためであると同時に、組織にとっても、手戻りなく、効率的に仕事を進めることになる。

とどのつまりは「清く、明るく、美しく」

   著者曰く、

「職業に貴賤はありません。しかし、生きざまには貴賤があります。それは個別には、あなたの日々の行動が恥ずかしくないかどうかです。そして全体としては、あなたの人生が立派なものかどうかです」

   「仕事=人生」ではないにせよ、仕事が人生の大きな割合を占める以上、仕事に対する基本姿勢が人生を左右することは間違いない。一つ一つの仕事において、誠実な態度で臨み、優れた判断をし、周りを納得させながら良い結果を生む。日々のこうした積み重ねが、その人の仕事ぶりについての評価となる。

「あなたの評価は、ただ一度の成功や失敗だけでは定まりません。日々の積み重ねが、評価されるのです」

   本書を貫くメッセージは、著者の座右の銘、「清く明るく美しく」だ。とりわけ「明るくやろう」が繰り返し出てくる。「明るさ」は、職場で楽しく仕事をするこつであり、出世するこつだという。与えられる仕事は、楽な仕事や楽しい仕事ばかりではないし、気持ちが滅入ることや仕事に意欲が湧かないこともある。そんな時にこそ、「清く明るく美しく」というのだ。

   そのためには、仕事を好きになることが最短だという(好きこそものの上手なれ)。

「あなたの仕事や職場を、好きになりましょう。『私がやらなきゃ、誰がやる』という気概で、どんな仕事にも積極的に取り組みましょう。他人に言われてやるから、嫌になるのです」

   前向きに取り組むことができない仕事だったらどうするか?

「その場合は、なおのこと早く片付けて、別の仕事に取り組みましょう。手を付けずにおいて先延ばしにしたり、中途半端にしておいたりすると、精神衛生面でもよくありません」

   難しい仕事だったら、それこそ、先輩なり頼りになる人なりに相談して、さっさと片付けるのがよいという。「一人で悩むな。相談しろ」なのだ。

「さあ、明るく仕事をして、よい成果を出し、住みよい町をつくりましょう」

   ここまでポジティブに宣言するには、ちょっと元気が足りないかもしれないが、本書を読んで、評者自身も、残りの公務員生活、もうひと頑張りしたいと思った。

   なお、著者は、現在、時事通信社発行の「地方行政」において、「中級編」を連載中とのこと。続編の刊行を楽しみにしたい。

JOJO(厚生労働省)

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