半崎美子、17年「土の中」にいた
その結晶のようなステージ

   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   またひとつ、新しい言葉が登場した、と思った。

   ショッピングモールの女王――。

   今年の4月にメジャーデビューした女性シンガーソングライター、半崎美子についていたのが、そんなキャッチフレーズだったのだ。

   路上出身というのはすでにキャリアとして認知されている。彼らに共通しているのがライブの説得力だ。そういう背景を聴くだけでそのアーティストがどんなライブを行うかが予測できたりする。でも、ショッピングモールを自分のアイデンティティとして打ち出したアーティストに初めて出会った気がした。


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事務所やレコード会社に所属せず

   2017年11月4日、東京・六本木のEXシアター・六本木で彼女のワンマンライブを見た。

   コンサートのタイトルは「『うた弁』発売記念ツアー・ファイナル コンサート2017~特選!感謝の根菜盛り合わせ弁当~」。「うた弁」というのは、今年の4月に発売になったメジャーデビューアルバム。4月から6月にかけてと7月の2度にわたって行われたアルバム発売全国ツアーの最終公演。それは、ホールやライブハウスはもとより路上とも違う確かさを備えたライブだった。

   ステージのスクリーンには人参やカブなどの根菜のイラストが映し出されどこか牧歌的な雰囲気を作っている。彼女は「今日のテーマは『土の中』」「17年間土の中で根を張り続けていたので、その17年を皆さんと一緒に深堀したい」と言った。

   彼女は北海道出身、高校の学園祭でドリカムの曲を歌って喝采を浴び音楽の魅力に取りつかれ大学を中退して上京、パン屋さんで住み込みながら曲を書き始めた。

   メジャーデビューした彼女のキャリアが注目を集めたのは、それ以降の活動にあった。一度も事務所やレコード会社に所属したことがない。

   住み込みのパン屋さんで残り物のパンを食べながら全ての時間を曲作りに費やす。人づてに紹介してもらった初めてのライブハウスでは自作のカラオケで歌おうとして顰蹙を買い、しかも観客はゼロだった。そんな日々は彼女がホームページで自ら書いている。ショッピングモールで歌うようになってからも自分で交渉して歌わせてもらう。それを17年間やってきた。舞台監督はいない。ライブのポスター張りや椅子の搬入も全て自分でやる。アルバムも4枚発売、2013年からは赤坂ブリッツのワンマンライブも3年続けた。

   EXシアター六本木のステージで、彼女は「毎年、年末に貯金を使い果たすというスリリングな公演をやってきましたけど今年は事務所にいるので」と冗談めかして話していた。

   路上にせよショッピングモールにせよ、通常のコンサートと決定的に違うのは、目の前にいるのが「自分に関心のある人とそうでない人」ということだろう。コンサート会場では自分のためにチケットを買ってくれた人が来ている。路上もショッピングモールもそうではない。足を止める人もいたにせよ、単なる物珍しさという方が多い。その向こうには、目もくれずに通り過ぎてゆく群衆がいる。その人たちに振り向いてもらうにはどうすればいいか、そして、立ち止まってくれた人に分かってもらえるか。聞き手に対しての接し方、話す口調、そして、歌の届け方。その全てにその人の誠意が感じられるかどうか。

   この日は、そのお手本のようなライブだった。

たしかな「根」からどんな花が咲くのか

   いくつもの異例、があった。

   その最たるものが「公私の隔てのなさ」だった。

   「座っているところを見たことがなかった」という母親を歌った「母へ」。ライブによく来てくれていたファンが若くしてなくなった時に見た空を見て書いたという「空の青」。歌が綴る彼女の人生。それを丁寧に説明しながら歌ってゆく。

   驚かされたのは彼女の実姉が登場したことだった。前回のワンマンライブには身重のまま登場したという彼女は、その後に生まれたという赤ん坊を抱きながら子供と一緒に人参の着ぐるみを来て走り抜けたかと思えば一緒に踊ったりする。泣き出した赤ん坊を姉妹であやすというシーンもあった。

   そんな場面が不自然にならない。ショッピングモールという場所がそうであるようにだ。それは、プロとアマチャアという次元にはないような気がした。

   4月に出たメジャーデビューシングル「サクラ~卒業できなかった君へ」は、卒業できなかった人に向けた桜ソングである。サウンドプロデュースには売れっ子のベーシスト・亀田誠治が参加、メジャーデビュー後の環境の変化を予感させてくれる。でも、この日のライブは、これまで彼女が一緒にステージをやってきたというミュージシャンとスタッフ。まさに17年の「土の中」の結晶のようなライブだった。

   これを「遅咲きの」と言ってしまって良いのだろうかとも思う。「苦節」という言葉が似合わないくらいに確かな「根」からどんな花が咲くか、来年以降の楽しみということになりそうだ。

(タケ)

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