医学博士であり噺家、立川らく朝が創作の「健康落語」 笑って納得!聴く人をとりこに

   白衣を脱ぎ捨て、着物を羽織る――。内科医を辞め、46歳で芸の世界に飛び込んだ異色の噺家がいる。立川志らく門下の落語家・立川らく朝だ。

   らく朝師匠はそのキャリアを活かし、医学や健康の知識を盛り込んだ「健康落語」を独演会で披露している。2017年11月23日、神奈川県川崎市の有料老人ホーム「センチュリーハウス溝の口」で師匠の公演が行われると聞いたJ-CASTトレンド編集部。公演後の師匠に、健康落語の誕生秘話や健康と笑いに対する想い、BS日テレで放送中のレギュラー番組「Dr.らく朝 笑いの診察室」について聴いた。


健康落語「幽霊将棋」を披露する立川らく朝師匠
健康落語「幽霊将棋」を披露する立川らく朝師匠
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健康情報を入れ過ぎない

――師匠が健康落語を始められたきっかけは?

本当にひょんなことです。企業の健康管理部門の人たちとしょっちゅう呑んでいて、私が落語みたいに楽しく健康の話をできたらいいね、と言ったのです。後日、そこにいた大企業の健康管理室の看護師長さんから「落語で健康教育をやるって言ったわよね。やってちょうだいよ」と電話が。いや、そんなこと言ってない(笑)。落語みたいに楽しくできたらいい、と言っただけ。まあ呑みながらの席ですから、聞き間違えたのでしょう。「誤解ですよ、そうは言ってないです」と言ったら、「困るわよ。全部セッティングして場所も時間も日にちも決まっちゃっている」と。しょうがないなあと思ってね。でもそんな話をしたということは、落語で何かできないかなという思いがどこかにあったのですね。だからこれは、天が「やれ」と言っているのかなと思いました。第1作の評判は上々で、シリーズ化して今に至ります。レパートリーは80以上あります。

らく朝師匠がJ-CASTトレンド編集部のインタビューに応じた

――師匠の健康落語を拝聴していると、難しいイメージのある健康の話題もすっと頭に入ってきます。創作される時、どんなことを心がけていらっしゃいますか。

一番注意しているのは、健康情報を入れ過ぎないことです。説教臭くなってつまらなくなるんです。かといって何もないと健康落語じゃないでしょ。単なる新作になっちゃう。どのバランスで抑えるか、健康情報をどのくらい入れ込むか。これが一番難しい。健康情報の提供というよりも、落語で病気に関するメッセージを伝えよう、というスタイルにシフトしつつあります。きょうの落語にしても、ぼけの予防にはみんなで楽しむことが大事だよ、というメッセージを発信しているだけで、あまり情報的なものは入っていません。自分なりのメッセージを落語に込めて発信し、聞いている人に健康のことを考えてもらえたら、それでいいや、と。今はそういう考え方でやっています。

メタボになったかぐや姫

――健康情報を入れ過ぎないといえば、師匠はご著書「ドクターらく朝の健康噺」(春陽堂書店)で、落語はあくまでも「フィクション」、だからこそ伝わるものがある、とお書きになっていらっしゃいました。

かなり突飛なキャラクターなどを入れていますからね。きょうの公演で披露した「幽霊将棋」では、幽霊が登場しました。他には、かぐや姫が月に戻るも、重力がないものだから、すっかり太ってメタボになってしまい、重力のある地球にダイエットに戻ってくる、とかもね。突飛なキャラクターで状況を極端にすることで、いろいろとアピールしやすくなります。

らく朝師匠の高座に聞き入る参加者の皆さん

――糖尿病をテーマとする「内緒のパーティー」では、糖尿病の入院患者たちが主治医に内緒でパーティーを開きましたね。あれも現実世界では怒られますが、落語の世界「落語国」だと成立するのですよね。

糖尿病の話をする際、カロリーを守りましょうと言ったって、誰も聞かないわけです。面白くないじゃないですか。杓子定規なことを入れたって、落語にならないですよ。そこを少し斜めから入る。「内緒のパーティー」では後ろから、裏口から入っているようなものでね。言ってみれば「不健康落語」なのです。逆説的に物事を捉え、そこから何らかのメッセージを発信しよう、というやり方です。「不健康落語」的に創作することが、最近、増えてしまっていますね(笑)。

――師匠のお話から「不健康落語」の五文字が出てくるとは、驚きました!

というのも真面目な話になりますが、落語と健康の話って本来、相容れないものなんです。水と油。なぜかというと、これは大師匠の立川談志が言った言葉ですが、落語とは「業の肯定」なんです。落語の登場人物は皆、自分の中にある欲望なり、ネガティブな面とか、そういうものをさらけ出しながら生きている。皆がそれを認め合っているわけです。若旦那なんていうのは皆、道楽息子だし、八つあん熊さんなんていうのは皆、飲兵衛だし。本来は抑えなきゃいけないものを抑えず、皆生きている。非常にストレスフリーな世界なので、落語ってすごく生き生きしているのですね。そんな世界で健康を語ろうとなると、これが一番難しい。クリアする方法の1つが、「内緒のパーティー」みたいな裏口から入ることなのです。

らく朝師匠の高座に聞き入る参加者の皆さん
きょうの健忘症(編注:「幽霊将棋」のこと)だって、幽霊だから許せるだけで、普通の人が健忘症になると、身につまされちゃうでしょ。突飛なキャラクターを出す1つのメリットですよね。聞いている人が身につまされちゃったら、自分のことと受け止めてしまい、笑えなくなっちゃって本末転倒です。じゃあどうしよう、かぐや姫が太る分にはいいか、みたいなね(笑)。

44歳で志らく師匠の弟子に

――落語との出会いは、大学時代だったそうですね。

私は田舎の生まれで、寄席なんかないし、生の落語を聞くチャンスなんてありませんでした。高校の文化祭で見様見真似でやると、ウケちゃったもんだから、大学で落研に入ろうと思いましたが、医学部にはなかったため、自分で作りました。

――医学部卒業後、落語への思いに変化はありましたか。

国家試験を終えた後、医者になるか落語家になるか悩んでいると、結論が出ないまま、研修が始まって。24時間勤務のような研修医生活でバタバタしているうちに、気がついたら40を超えてどっぷり医者をしていました。

「健康落語」の前には、健康に関するフリートークも。

――なぜ、プロの落語家を目指そうと思われたのですか。

立川志らくの「らく塾」(編注:志らく師匠が主催する社会人対象の落語塾)に参加して思い出したといいますか(笑)。44歳の時に弟子にしてくれ、と。志らくは、「客分」扱いの弟子でどうですかと。名前もあげるし、稽古もします、ただプロじゃないから高座には上がれませんよ、との条件です。私は1週間に1回、志らくの自宅で稽古し、週1本ずつ落語を上げました。1年少し経つと、50本くらいに到達して。志らくの所属事務所の社長から「プロでやりませんか」と言われ、しばらく返事できずにいると、志らくはしびれを切らし、「あの話どうなったの」と聞くので、咄嗟に「お願いします」と言っちゃったのです。志らくは私のためにかばん持ちの役目を免除してくれました。46歳の時、正式に前座になりました。

――師匠は今でも、白衣を着る仕事をお持ちでいらっしゃるそうですね。

ええ、BS日テレで毎週月曜放送のレギュラー番組「Dr.らく朝 笑いの診察室」に出演しています。毎週1つの「健康ことわざ」を通して、疾患のメカニズムや特徴、予防法を楽しく解説しています。

認知症、便秘...師匠が笑いで解決!?

――「リンパ」がテーマの回では「流水腐らず、戸枢(こすう)ろうせず 」、「認知症」では「歳寒の松柏 (さいかんの松柏)」、「便秘解消」では「有言実行」...。芝居とことわざで疾患のメカニズムを解説し、最後に高座で三題噺 (さんだいばなし)を披露される、まさに師匠しかできないスタイル。2012年10月の放送開始だから、もう5年ですね。

実は、高座も番組も同じなのですよ、気を付けていることは。情報過多にならないで楽しく聞いてもらえる、というのを意識しています。らく朝というキャラクターが楽しくわかりやすく情報提供しているという番組にしなければ、意味がなくなってしまう。バランスにいつも悩んでいます。あれを見て、健康の話って楽しく話せる、聞けるのだねと思ってもらえるのはとてもいいことだと思うのです。

健康落語「幽霊将棋」を披露する立川らく朝師匠

――最後に、読者の皆さんへ向けた健康と笑いに関するメッセージをいただいてもよろしいですか。

自分自身の健康観を持ちましょう。たとえば、幸福観って何か明確な物差しがあるわけじゃないですよね。本人が幸せだと思えば幸せだし、経済的なことや社会的な地位で決まるわけではない。健康も同じだと思うのですよ。その人の能力で健康かどうか、決まるわけではない。
「周りがジョギングしているから、サプリを飲んでいるから私もそうしよう」「あの人は1ラウンド回れるのに、私はハーフしか回れない」――。そうして振り回されていると、自分は何をできたら健康だと思えるのかという「健康観」を持てなくなる。「健康観」をはっきり持っていると、健康に対するアプローチも変わってくるので、とっても大事だと思います。

   「Dr.らく朝 笑いの診察室」(BS日テレ)は毎週月曜、20時54分から21時まで放送中。らく朝師匠が全国に数百万人、予備軍も含めればその数倍と言われる生活習慣病を中心にさまざまな疾患を「健康ことわざ」でひも解く番組だ。

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