吉田拓郎、「ラジオでナイト」
旧友に向かうような口調で「素」の自分を語る

   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   ラジオと音楽は切っても切れない関係にある。何気なく聴いていたラジオから流れてきた曲に衝撃を受けて音楽に興味を持ったという人は少なくない。ラジオから生まれたヒット曲も数多い。メディア多様化の中で存在感が変わってきたと言われつつも、今でもラジオは他のメディアでは出来ない役割を持ち続けている。

   その一つが「アーティストの素顔」を伝えることだろう。曲を聴いたりライブを見たりするだけではないそのアーティストの暮らしぶりや趣味嗜好、作品にまつわる裏話、古くからの友人に向かうかのような口調でのトークはラジオならではだ。


Read more...

深夜放送の全局を制覇

   なぜ今更そんなことを書いているかと言うと、ニッポン放送で去年の4月から放送されている「吉田拓郎ラジオでナイト」(日曜・23時半~0時半)は、まさにその見本のような番組だからだ。

   吉田拓郎ほど世代によってイメージの異なるアーティストは少ないはずだ。70年代に青春を過ごした人たちにとっては"フォークの貴公子"で80年代に出会った人たちにとっては"ニューミュージックの帝王"だろう。そして、90年代後半以降テレビで彼を知ったという人もいるはずだ。Kinki Kidsの横に座っている、どこか気難しそうな無口なおじさん、だったりする。「吉田拓郎ラジオでナイト」は、そんな様々な世代の持っているイメージを一新してくれるに違いない。

   例えば、先週、1月14日の放送は、四つの柱で成り立っていた。一つは、奥様の森下愛子さんが撮影で不在の間の単身生活で見たお勧め洋画3本の話。二つ目は「成人の日」にあわせてリスナーに求めたお題「自分が大人になったと感じた時」で選んだ自分の曲「君のスピードで」、三つめは自分のこれまでの曲を振り返る「マイ・ベストテイク」のコーナーで79年のシングル「春を待つ手紙」、四つ目が好きな音楽を紹介する「マイ・フェバリットソング」でローリング・ストーンズのアルバム「ブルー&ロンサム」とブルースについて語るという1時間だった。

   吉田拓郎は、史上最もラジオと縁が深いアーティストである。TBSラジオの「パックインミュージック」、ニッポン放送の「オールナイトニッポン」、文化放送の「セイ!ヤング」と深夜放送の全局を制覇しているのも彼だけだ。自由奔放なトークはデビュー当時から定評があった。その後も断続的に番組を持っておりラジオから離れていた時期の方が少ない。

ロックやR&Bの熱心なファンであることを明かす

   ただ、「吉田拓郎ラジオでナイト」はそうしたこれまでの番組とも少し違う。

   何よりも伸び伸びとして明るい。自分の日々の暮らしぶり。どんな毎日を過ごしていて、どんな食生活をしているのかまで、奥様とのやりとりも含めた私生活を語ってゆく。一人しゃべりの心地よいテンポと軽妙なユーモアは独壇場だろう。

   そして、最も違うのが音楽についての話が多いことではないだろうか。

   これまでの取材やインタビューでも自分の過去の作品について話すことはほとんどなかった。話を振られても「忘れた」「覚えてない」ということで終わってしまう。1月14日の放送では「春を待つ手紙」を書いた経緯や名うてのギタリストが二名参加したレコーディングの様子を、二人のプレイを自分でギターを弾きながら事細かに話していた。

   ローリングストーンズのアルバムを題材にしながらのブルースについての解説は、未だに持たれている「フォークの貴公子」や「70年代フォークの巨人」というイメージがいかに的外れであるか、あまりある説得力があった。いかに彼がロックやR&Bの熱心なファンであるのか。どうして今までこういう話をしたがらなかったのだろうと不思議になるほどだった。

   それは、自分の作ったものを語ることに潔さを感じなかったこともあるのだろう。世間的にはそうは思われていないのだろうが、人一倍ファンに気を使う気質から、そんな話をしても喜ばれないと思っていたのかもしれない。でも、番組の中で紹介した映画「ファミリーツリー」「ショーシャンクの空に」「しあわせの隠れ場所」を紹介する時もそうだったように、音楽や映画の話をしている時が一番生き生きしている表情が伝わってくるのはラジオなればこそだ。

   吉田拓郎ほど世代によってイメージが違うアーティストも少ない、と書いた。

   それは、同時にどんな音楽を作って来たのか誤解の度合いも大きいということにつながってゆく。メディアに登場することやインタビューを受けることがなくなってしまったのも、そうしたギャップを埋めることが面倒になってしまったこともあるのだろう。「ラジオでナイト」はそうした周囲のことに捕らわれず「素」の自分を楽しんでいるようにも聞こえるのだ。「時代を動かす男」になる前の彼はこうだったのだろうとすら思えてくる。

   俺は飽きっぽいからーー。

   これも彼がことあるごとに口にする台詞だ。

   去年の4月の放送開始からそろそろ一年。筆者はradikoのタイムフリーと言う新兵器で皆勤聴取中。でも、「飽きる気配」は感じられない。むしろ、長寿番組に向けてここからが本番という印象すらある。「最終章をラジオで締めくくる」という番組開始時の言葉どおりになりそうだ。

   2016年の秋に行われた70才になって最初のツアー「LIVE2016」は、心から音楽を楽しんでいるような、これまでにない清々しいステージだった。71才の誕生日直前に始めた「ラジオでナイト」もそんな舞台になっているのに違いない。

   吉田拓郎は、今が一番自由なのではないだろうか。

(タケ)

注目情報

PR
追悼