経営破綻から復活した日本航空 すべては社員の意識改革から始まった

■「JALの心づかい   グランドスタッフが実践する究極のサービス(上阪徹著、河出書房新社)


   お選びいただいたからには、乗って良かったと思っていただきたい。そんなスタッフに支えられるJALの接客サービス。以前、他のエアラインに比べて見劣りしたサービスが、なぜあんなに感じがいいのかと驚かれるまでになったのか。

   日本航空は2010年1月19日に経営破綻した。会社更生法の適用を受け、政府から招請された稲盛和夫会長は、社員の意識改革こそ一番大切と考え、働くスタッフのモチベーション向上をなにより優先した。幹部社員と現場で働く職員が、京セラをモデルに、独自に構想した「JALフィロソフィー」を文書化した。すべての部署を念頭に置いた40項目。これを基盤に、すべての部門が画期的にサービスと収益を向上させた。

   本書は、累計40万部のロングセラー「プロ論。」の著者が、日本航空の乗客の顔となるグランドスタッフに的を絞ったドキュメントであり、多くの企業にあてはまる経営論である。

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年3回の研修が義務づけられる「JALフィロソフィー」

   破綻当時、日本航空には経営企画室があり、全組織に指示を出す形で会社が運営されていた。稲盛会長は、社員をモチベートする理念や哲学が欠落していると感じた。長期にわたり株主に報いていくためには、まず、社員が本当の幸せを感じなければならない。社員が自分たちの幸せを考えるところからJALフィロソフィーが生まれ、一年後の2011年1月19日に発表された。

   新人教育では「世界で一番お客様に選ばれ、愛される航空会社」と書かれた模造紙に、一人ひとりが具体像を付箋で貼り付け、グループごとに行動指針をまとめる。この新人教育では、グループ会社、配属部署にかかわらず30人のクラスに分かれる。一人ひとりがJALなのである。

   JALフィロソフィーは、機体整備、客室乗務員、営業など異なる部署を念頭に、共通の意識、価値観、考え方を記している。

   「尊い命をお預かりする仕事」「最高のバトンタッチ」のように航空会社に働く社員の誇りと使命感に直結する項目もあれば、「人間として何が正しいかで判断する」「常に明るく前向きに」「美しい心を持つ」のように一人ひとりを信頼する企業文化を高める項目もある。

   すべての従業員は、このフィロソフィーについて年3回の研修が義務づけられている。他方で、接客サービスを含めて決まり切ったマニュアルはない。同社は破綻前、経費削減の中で「人財」投資を削減していた。破綻直後の客室乗務員の笑顔はマニュアル主義で心の伴わない体質に陥っていたのだ。そのときどきにおいて、ふさわしい対応を心がけるのが新しい日本航空なのである。

動機善なりや、私心なかりしか

   稲盛会長の心に去来したのは、民営化後のNTTに対抗してDDIを設立した当時の公憤の心だったのではないか。電電公社という独占体制による高い通信料金を自由化で変える。背中を後押ししたのは、ウシオ電機の牛尾次朗会長、セコム創業者の飯田亮氏、それにソニー創業者の盛田昭夫氏だった。

   動機善なりや、私心なかりしか。

   立派な企業が経営を硬直化させて、業績が低迷し、あるいは不祥事が起きるのは、会社全体を律する哲学や思想があるかないかが大きい。稲盛氏が、その思いを日本航空の再建にいたすとき「全従業員を物心両面から幸福にする」という経営目標のもと、JALフィロソフィーはわずか十か月で完成した。

「常に謙虚で素直な気持ちで」

   入社一年目でJALが経営破綻し、予定されたパイロット訓練が取りやめになったとき、「私はなにも会社に期待しない。会社を変えます。パイロット養成を再開できる企業にしたい。何をやれば良いか?」と尋ねた社員がいた。彼は、会員獲得のために、朝昼晩、小学校、中学校、高校、大学の卒業生名簿に電話をかけ続け、社内勉強会の講師となり、JALカード会員獲得の先頭に立った。彼の行動は、JALフィロソフィーの体現事例として語り継がれている。

   「常に謙虚で素直な気持ちで」という一項目があるが、私たちにできるだろうか。航空機の操縦桿を持ち、何百人もの命を預かる人物だからこその使命感。日本航空には、命懸け、本気、の言葉にふさわしい社員がたくさんいらっしゃる。

   あるご夫婦から「HとJはとなりの席ですか?」と尋ねられ「夫婦の間には愛がありますが、飛行機の座席にIはないんです。」と答えたスタッフ。

   「まだ実習生ですね。いつかフェイスブックのJALのページに載るのを楽しみにしていますよ」と、ミスを許してくれた搭乗客に涙するスタッフ。

   彼女たちは、お客様との心のふれあいに本気になっている。日本航空の翼に「鶴丸」が戻って6年、軌道に乗る経営を象徴する2つのコメントで締めくくりたい。いずれも、私たちの職場に通じる生き方、考え方のように思える。

「お客様が100人いらしたら100通りの接客がある。お客様の心を感じ取って、いかに寄り添うことができるか。それができて初めて、おもてなしや感動につながっていく。やはり心が大事です」
「リーダーはお手本。長く働いたらこうなっていく、そうした道のイメージを作っていくのもリーダーの仕事。服装も身だしなみも。リーダーが楽しんで、仕事に誇りを持つ。そういう姿勢が何より大切だと考えています」

   人工知能の活用、LCCとの競争に直面しながらも、自信を持って事業活動に邁進する日本航空のこれからに期待するとともに、多くの上場企業が自信を持って海外に事業展開するようになることを期待したい。

経済官庁   ドラえもんの妻

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