【震災7年 明日への一歩】忘れられた大阪北部地震 5か月たった今も続く被災者支援

   2025年の万博開催が決定し、沸き立つ大阪。一方で、2018年6月18日朝に発生した大阪北部地震の影響は、5か月が過ぎた今も残ったままだ。

   J-CASTトレンド記者は11月下旬、震災で大きな被害を受けた大阪府茨木市をたずねた。

被害を受けた屋根にブルーシートを張る作業(写真提供:レスキューアシスト)
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地震から半月後に西日本豪雨で報道激減

   大阪市中心部から電車を乗り継いでおよそ40分。記者は大阪モノレール・豊川駅を降り、茨木市豊川3丁目から4丁目を歩いた。一軒家が多く立ち並ぶこの地域では、今もちらほらと屋根や壁にブルーシートをかぶせた家屋を目にした。地震から5か月後の現実だ。

   大阪北部地震は、茨木市や高槻市、箕面市などで最大震度6弱を記録。高槻市では倒れてきたブロック塀に登校中の小学生が下敷きとなり死亡する痛ましい事故が起きた。大阪府が2018年11月2日に発表した最新の被害状況(速報値)によると府内では死者6人、負傷者数は369人だ。住宅の被害は、一部集計中の町村があるが、全壊18件、半壊512件、一部損壊5万5081件となっている。このうち茨木市は全壊3件、半壊約177件、一部損壊約1万5739件で、いずれも高槻市に次いで2番目に多い。

   地震発生の翌日、茨木市社会福祉協議会(社協)はボランティアセンターを立ち上げ、各地から駆けつけたボランティアに対応した。作業の中心はがれきの撤去、家の中での家具の片付けといった「力仕事」と並んで、地震で崩れた住宅の屋根の補修だった。

   屋根瓦がずれて雨漏りの被害が起きると、とても住めない。社協はNPO「レスキューアシスト」と連携した。2016年4月の熊本地震の際、屋根の応急処置作業で実績を積んだ団体だ。ブルーシートや土のうのほか資材を用意し、作業や技術指導はレスキューアシストが担って、高齢者や障害者らの被災者世帯を優先的に支援した。

   ところがメディアや世間の関心は、大阪からすぐに離れてしまった。地震から半月ほど後の7月上旬に西日本豪雨が発生。広島県、岡山県、愛媛県を中心に甚大な被害をもたらしたのだ。地震と豪雨、被災者が見舞われた苦痛に差はないが、豪雨の被害はあまりにも大きく、大阪の被災地が、忘れられていった。

「ボランティアの数は激減しました」

   茨木市社協の佐村河内力さんは、こう振り返る。地震発生後最初の週末となった6月23~24日、茨木市には300~350人のボランティアがやって来た。ところが西日本豪雨が発生した直後の7月7日~8日は、80人程度に急減。以降は深刻な人手不足に陥った。レスキューアシスト代表の中島武志さんは7月23日付のフェイスブックで、「今大阪北部地震の情報はほとんどメディアなどでながれる事はありません...... 大阪は本当に人が足りません、どうか大阪を忘れずに助けて下さい」と訴えた。地震から1か月ほどで、このような事態に陥っていたのだ。

「都市型災害」日ごろから住民同士はつながりを

   メディアによる震災報道の不足は、被災者自身に必要な情報が届かない事態も招いた。特に高齢者などインターネットに不慣れな人たちは「置き去り」となった。修理業者に頼もうにも、依頼殺到ですぐには対応してもらえないうえ、経済的な負担もある。本来ならボランティアを呼べるはずだが、その存在すら知らない――。

   情報弱者になりがちな高齢世帯に向けて、社協では、ボランティアの存在を知ってもらおうとチラシを制作し、市内の家々の郵便受けに投函した。学生の力を借りて「一軒ずつ周り、3万数千部配りました」(佐村河内さん)。中島さんらは、屋根が未修繕の家を訪問して「修繕業者に依頼していない、困っている、という声を聞いたら『社協に連絡してください』と話しました」。ボランティアの要請に必要だからだ。

   今夏は相次ぐ災害のあおりを受け、茨木市のように忘れられた被災地がいくつも生まれた。それでも茨木市では、社協が初期段階から積極的にボランティア団体と連携して支援を進め、屋根の修繕は11月下旬で状況が落ち着いた。

   今後は、一度屋根に張ったブルーシートが劣化していないかをチェックし、必要に応じて張り直す。実はブルーシートを張る専門業者は存在しないため、レスキューアシストは定期的に講習会を開いて技術を伝えている。自然災害の多発が今後予想されるなか、「茨木モデル」は事態打開のためのひとつのヒントとなるだろう。

   大阪北部地震は、都市部での災害という特徴があった。都会では近所付き合いが希薄になりがちだ。茨木市では、屋根の修繕の際に隣の家からはしごをかけて上らせてほしいと頼んだら、断られたケースがあったという。高齢者の家では自力では屋根を直せず、周りの家から「瓦が落ちてきたら危ない」「早く何とかしてくれ」と苦情が出て、住民同士の関係に悪影響を及ぼした。

   佐村河内さんは「日ごろから住民同士がつながっておくことが大切だと思います」と指摘する。今回のようにボランティアが不足した場合、単に救いの手を待つのではなく、被災者同士が相互扶助の意識を持ち「困ったときは助け合う」姿勢が、今後は求められる。

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