初めての競売会 黒柳徹子さんは指輪を落とそうとサザビーズの掟を破る

   with 7月号の「トットちゃんの ことはじめ」で、黒柳徹子さんが初めてオークションに参加した時の顛末を書いている。芸能界の生き字引による思い出話の数々。連載14話となるアメリカでの競売体験も、なかなかドラマチックである。

「好きな女優を聞かれるとき、昔から、必ず答える人がいます。キャサリン・ヘプバーン(1907-2003=冨永注)。ニューヨークの舞台女優からハリウッド映画に移り、オスカーを4回も受賞した人で、とにかく芝居が上手なの!」

   こうした冒頭に続いて、ヘプバーンの不倫話、生で観た舞台、先進的なパンツルックなどがファンの視点でつづられる。そしていよいよ本題である。

   死去の前だったか翌年だったか、2000年代の初め、NY滞在中の黒柳さんはある新聞広告に目を止めた。現地の競売大手、サザビーズがヘプバーンの愛用品に限った競売会を開くというのだ。出品カタログを取り寄せたトットちゃんは、あるお宝に注目する。

「どうしても私が手に入れたいものが載っていました。映画、『冬のライオン』(1968年)で彼女がつけていた指輪。鉄のようなものでできた、宝石も何もついていない、無骨な感じの、中世風の指輪です」

   黒柳さんは作中の指輪をほとんど覚えていなかった。そこでビデオを借りて「本物」と確認し、マンハッタンにあるサザビーズの会場に勇んで乗り込むことになる。

ハンマーが会場の静寂を破ると、みんなが拍手で祝福してくれた
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前代未聞の哀願

「生まれてこのかた、人と競ってものを買ったことのない私...順番がやってきました」

   カタログには「1000ドル~」とあるが、指輪の紹介が終わるやいなや、電話で顧客の指示を受けた女性が4000ドルの声を上げ、黒柳さんを慌てさせる。男性からは5000の声。負けじと6000をコールするが、競り値はお構いなしに14000ドルに達した。

   2000ドルぐらいで落札できると思っていた黒柳さん。たまらず立ち上がり、「壇上のハンマーを持っているおじさん」にこう訴えた。

「すみません、私は、日本から来た女優です...この指輪が本当に欲しいんです。でも、こんなに高くなっていったら、キャサリン・ヘプバーンさんだって、喜ばないと思います」

   どっと笑う参加者たち。構わず、こう続けた。

「これから、どのくらいまで値段が上がるのかわからないですけれど、私は、どうしても欲しいので、この辺で、やめていただけませんか?」

   もう場内は爆笑、ハンマーおじさんものけぞって笑い転げている。

   この指輪、結局15000ドル(当時のレートで約200万円)で黒柳さんが落とした。ハンマーが会場の静寂を破ると、みんなが拍手で祝福してくれた。ちなみに、「この辺でやめて」と説得にかかった人は前代未聞らしい。そりゃそうだろう。

   黒柳さんは同じ競売会で大女優の衣装や椅子も落札した。この随筆では、指輪の「その後」も語られるが、あとは原文をお読みいただこう。

長く広く愛されて

   黒柳さんの連載は回想譚で、記憶を呼び返しながら経緯を淡々と記していく。それでいて最後まで読ませるのは、ファクトそのものが面白いうえ、筆者の反応や感想が実に正直で、自然体だからだと思う。いわゆる「天然」の元祖のようにも言われる筆者である。

   パリ在勤時代、仕事でいらした彼女と5時間も「二人きり」になる幸運に浴した。その博識と引き出しの多さに圧倒されつつ、時おり見せる少女のような表情や受け答えにハッとしたものだ。長く広く愛される所以だろう。

   NYでの競売エピソードはそんなに昔のことではない。黒柳さんは70歳くらいだろうか。それでも、サザビーズで「この辺でやめていただけませんか?」と哀願する様子は「いかにも」だし、光景が目に浮かぶ。

   会場の空気は「ヘプバーンの映画のように、ウィットに富んだ微笑みに満ちているようでした」と本人が述懐する通り、周囲の反応は嘲笑や軽蔑ではなく温かいものだった。

   「では、指輪はあちらのお嬢さんのものに」という競売人(ハンマーおじさん)の口上もいい。意外な展開と、その先に待つ大団円。気の利いた短編である。

   面白い人には、面白い出来事が寄ってくるらしい。

冨永 格

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