ウクライナの英雄に魅せられたリスト 何度も作曲モチーフにした「マゼッパ」

   クラシックの作曲家というのは、何か別の物語に触発されて作品を作りだすことが多くあります。もちろん、中には何もないところから旋律を生み出す才能あふれるメロディーメーカーな作曲家もいますが、たとえば、オペラなら台本や原作があり、歌曲なら詩があり、言葉のない器楽曲でも文学作品などにインスピレーションを得て筆を進める、ということは珍しくありません。

   同時に、クラシック音楽は演奏時間も長く、歴史も長い音楽なので、なかには先人の残した曲を利用した「本歌取り」のような作品も存在しますし、自分自身の曲を後に改作・改定していくということもごく普通に行われます。

   今日は、ロマン派の作曲家、フランツ・リストが「何回も」そのモチーフで曲を作りだした、「マゼッパ」を取り上げましょう。

超絶技巧練習曲集に収められている『最終版』のピアノによるマゼッパの楽譜
マゼッパを表す旋律は、交響詩にも同じように登場する
ピアノ版の楽譜の最後には、ユゴーの叙事詩の一節が引用されている
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最初はピアノ曲、40歳で「交響詩」に

   イヴァン・マゼッパは実在の人物で、17世紀に現在のウクライナに生まれています。コサックの棟梁となり、スウェーデンなどと結んでピョートル大帝のロシアと争い、ウクライナの権利拡大のために戦った、ウクライナの英雄です。21世紀の現在も、ウクライナとロシアは問題を抱えていますが、そんなウクライナではマゼッパは今でも英雄なのだそうです。

   このマゼッパを英国のバイロンが詩にし、さらにそれに触発されて、フランスのヴィクトル・ユーゴーが叙事詩にしました。

   ロマン派の作曲家、フランツ・リストは、十代でこの叙事詩に出会い、いたく感激したのです。もともと、超絶技巧で一時代を築いたヴァイオリニスト・作曲家のパガニーニにあこがれ、「僕はピアノのパガニーニになる!」と決心したといわれるリストですから、小さいころからの「ヒーロー体質」だったのかもしれませんね。もちろん、ちゃんと、ピアニストとしてヒーローになり、作曲家としても、指揮者としても、指導者としても大成したリストのことですから、有言実行だったわけです。

   リストは、まず、「マゼッパ」という名のピアノ曲を生み出します。弱冠15歳の時の作品「12の練習曲集」に収められます。そして、これからリストの「マゼッパ遍歴」がスタートするのです。26歳、29歳のときにそれぞれ手を加え新たな練習曲として完成させ、2回目の改定の時は、単独曲「マゼッパ」として出版されてもいます。

   さらに、それだけでは飽き足らず、40歳の時には、ついにはオーケストラ用の「交響詩 マゼッパ」を作り出すのです。もともと、英雄がいったんは挫折するものの、そのあと見方と人望を得て棟梁となり、国土の回復を目指す、という物語なので、迫力あるオーケストラに向いた題材だったのです。「レ・プレリュード」で「交響詩」という新しいジャンルを創始したリストにとって、少年のころから気に入っていた「マゼッパ」という題材を使って交響詩を仕上げることは、必然だったといえるでしょう。英雄が戴冠する華々しい最後の場面は、金管が鳴り響くゴージャスなオーケストレーションになっています。

   同時に、ピアノ曲のほうもまた改訂され、現在多くのピアニストによって演奏される「超絶技巧練習曲集」の中の第4番「マゼッパ」として、完成されています。

   英雄マゼッパの姿は、リストの中に少年時代から生き続け、折あるごとに、リストはそのモチーフで曲を生み出していったのです。そんな「マゼッパ」の聴き比べも、興味深いところです。

本田聖嗣

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