「井上陽水トリビュート」
巨大なスケールと奥深さと

   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   何よりも参加した人たちの顔ぶれについて触れないといけない。ジャンルもレコード会社も同じではない一世代も二世代も若いバンドやアーティスト。今の音楽シーンを映し出したようなビビッドな人選と選曲、そして、彼らの解釈。トリビュートアルバムというのはどういうものかという見本のようなアルバムだった。

   何の話をしているかというと、2019年11月27日に発売になった井上陽水のトリビュートアルバム「井上陽水トリビュート」である。

   井上陽水は、1969年にアンドレ・カンドレの名前でデビュー、1971年に本名で再デビューした。今年が音楽活動50周年。「井上陽水トリビュート」は、15年ぶり二枚目のトリビュートアルバムである。

「井上陽水トリビュート」(ユニバーサルミュージック、アマゾンサイトより)
Read more...

15人のトップアーティストが参加

   参加者した人たちをアイウエオ順に挙げるとACIDMAN、iri、宇多田ヒカル、ウルフルズ、オルケスタ・デ・ラ・ルス、King Gnu、KREVA、斉藤和義、椎名林檎、SIX LOUNGE、田島貴男、福山雅治、細野晴臣、槇原敬之、ヨルシカ、という15人だ。

   キャリアの一番浅いのは今年メジャーデビューしたばかりのバンド、SIX LOUNGE。一番キャリアの古いのが陽水と同じく今年が50周年の細野晴臣。年齢は20代から70代まで。でも陽水と同じように1970年代を共にしてきた人は細野晴臣だけだ。それこそが人選の意図でもあるのだろう。プロデュースしたのは陽水の娘の作詞家・歌手の依布サラサ。以前、彼女をインタビューした時に「趣味は井上陽水」と言っていたことがある。「井上陽水」を知り尽くした人ならではの人選と選曲だと思った。

   井上陽水の50年は、他のどんなアーティストのそれとも違う。

   もちろん、それだけのキャリア自体が数えるほどしかいない。そして、今後も含めてこういう軌跡を描く人は出ないと思われる50年だ。

   彼を語る時に真っ先に挙げられるのが、73年に発売された3枚目のオリジナルアルバム「氷の世界」が日本で初のミリオンセラーになったことである。70年代初頭、まだシンガーソングライターという言葉すら定着してなかった時代。彼は、テレビにも出ず週刊誌の取材も受けないサングラスにカーリーヘアーという神経質そうな若者だった。デビューアルバムのタイトルは「断絶」である。大人たちと「断絶」した世代のシンガーソングライターのアルバムが史上初のミリオンセラーになった。それを金字塔と呼ばずに何と呼ぼう。

   トリビュートアルバムでは、そんなデビュー当時の曲が3曲選ばれている。「断絶」の中の「傘がない」は、当時、テレビのニュースよりも君に会いに行くのに傘がない方が問題、という若者たちの「政治的無関心の歌」と言われた。今年行われた50周年ツアー「光陰矢の如し~少年老い易く学成り難し」を前に陽水は「傘だけじゃなくていろんなことが"ない"歌」という今の実感を語っていた。結成20周年を超える実力派バンド、ACIDMANが荘厳とすら言える劇的なロックに仕上げている。やはり73年の「夢の中へ」は槇原敬之が「夢」が「現実」になって行くような粋な遊びを加えている。陽水の言葉の"シュールさ"の例として挙げられる「東へ西へ」は、ヒップホップとジャズをミックスして注目されているiriが曲の世界を広げている。

50周年はまだ始まったばかり

   井上陽水は"ピーク"が一度ではない。

   70年代後半から80年代にかけては、他の歌手に提供した曲がチャートをにぎわせてゆく。

   田島貴男が歌う「クレイジーラブ」は山口百恵の最後のアルバムの中の曲。SIX LOUNGEが演奏する「Just Fit」は、沢田研二に書いた曲だ。オルケスタ・デ・ラ・ルスが日本のポップスとは思えないようなサルサのダンス曲に変貌させた「ダンスはうまく踊れない」は、後に妻になる石川セリに提供したものだ。

   その極めつけが、今年最も注目されたバンド、King Gnuが演奏する中森明菜の大ヒット曲「飾りじゃないのよ涙は」だろう。83年に安全地帯に提供した「ワインレッドの心」は、椎名林檎が大胆なスイングジャズに装いを変えた。それらを収録した84年のセルフカバーアルバム「9.5カラット」は、セルフカバーとして史上初のミリオンセラーとなった。二度目のピークである。

   更に、だ。

   70年代、繊細な神秘性がイメージとなっていた彼が、晴れやかな笑顔で笑っているジャケットが鮮烈だったのが90年のアルバム「ハンサムボーイ」だった。三度目のピークとも呼べるアルバムに入っていたのが、ポップスもロックも超えた「唱歌」のようだった「少年時代」だ。

   宇多田ヒカルが歌う「少年時代」はこのアルバムの白眉と言っていい。誰にでも思い当たるようなほのぼのとした郷愁感とは違う翳りある切なさは、彼女自身の曲とも陽水のオリジナルとも明らかに違う。

   今回、細野晴臣がリアレンジしている「Pi Po Pa」は「ハンサムボーイ」の一曲目だ。電話がダイヤルでなくなった時代の歌。80年代にテクノ系音楽を取り込んできた実験の到達点的作品。新しいものへの好奇心も陽水の50年を特徴づけている。

   世代も時代も超えてゆく。福山雅治が歌った「リバーサイドホテル」は、オリジナルから6年後にドラマ主題歌でヒットしている。

   ボカロへの曲提供で注目されるヨルシカによるアルバムの一曲目93年の「Make-Up Shadow」もその時代の曲だ。テレビで流れるCMに彼が登場するようになるとは70年代には考えられないことだった。

   大人になることというのは、世の中とは無関係に生きて行けないと知ることでもあるかもしれない。斉藤和義が歌う「カナリア」は、炭鉱夫がガス発生の危険を察知するために地下に連れて行ったのがカナリアだったことから生まれた。アルバムのしめくくりKREVAが歌う「最後のニュース」は、テレビのニュース番組の主題歌だった。

   アルバムが「傘がない」と、その返歌に思えた90年の「最後のニュース」の二曲で終わっているのは「少年老い易く学成り難し」のメッセージのようでもある。

   今年、忘れていけないものにアメリカ人の日本文学者、東大名誉教授、ロバート・キャンベルが書いた「井上陽水英訳詞集」(講談社刊)がある。彼が選んだ50曲を英訳した詩集には、その翻訳の過程や意図、陽水との対話も掲載されていた。

   言葉の意味やニュアンスの日本語と英語の違い、そして、伝統的な日本文化の中での位置づけ。陽水自身が驚くような解釈や分析は、「日本語の面白さ」の新しい発見に満ちていた。同時に、まだ語られるべきことの多さを示唆して余りあった。

   巨人・井上陽水。このトリビュートアルバムもそんな彼のスケールと奥深さを改めて感じさせるアルバムではないだろうか。

   50周年イヤーはまだ始まったばかりだ。

(タケ)

注目情報

PR
追悼