力を抜こう 岸見一郎さんは「人生の進路」を重く考えすぎるなと

   「毎日が発見」9月号の「生活の哲学」で、哲学者の岸見一郎さんが人生の進路を決めることの功罪について書いている。いずれにせよ、思い詰めないほうがいいと。

   「看護学校や看護大学で長く教鞭を執っていた。その内の一つの学校は五年制で、中学校を卒業して入学した生徒はすぐに看護の勉強を始めた」...教師としての岸見さん、15歳そこそこで看護師になると決めている生徒たちに驚いたという。

   もともと、親に「資格を取っておけば有利だから」と背中を押されて入学する生徒も多かった。3年も経てば、自分は看護職に向いているのかと悩んだ末に、退学を考える生徒が出るそうだ。もちろん、親や教師は「もったいない」と反対する。

「きっかけはともかく、勉強をしてみたらおもしろく、看護師になろうと思うようになったのであれば、自分で決めたということである...反対に、別の人生を歩もうとする決心をすることがある...看護師として生きることが唯一の人生ではないのだから」

   岸見さんは看護学校の話から、人生の進路という一般論に展開を試みる。目下の生活に不満でも、今さら違う人生は始められないと諦める、多くの人たちのことだ。

「まず、冒険をすることが怖いのである。これまでとは違う人生を生きて失敗したらどうしようかと思う。失敗しても引き返すことはできるし、他のことに挑戦することもできるはずだが、失敗を恐れる人は、現状に不満があっても何もしない」

   それまで費やしてきた時間やエネルギー、身につけた知識が無駄になるから? しかし岸見さんは「無駄にはならない」と説く。

「看護師にはならない決心をした生徒は...自分の考えでこれからの人生をどう生きるかを考えられる知恵を学んだといえる。違う道に進んだ時に必要な知識があれば、新しく学ぶことができる」
人生の進路を決めるポイントといえば
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親は安心しても...

「本来自分が生きる人生ではないと思いながら生きることに費やされるエネルギーは、新しい人生を歩む時に必要なエネルギーよりもはるかに大きいだろう」

   進路変更は気恥ずかしい、人の目もあると思う人もいるが、岸見さんは書く。

「他者の期待に応えなければならないと思うと、したいことができなくなる」

   さらには「人生において何かを成し遂げなければならないわけではない」とも。

   中学を卒業する子どもが看護師を目ざすと言えば、大抵の親は安心する。安定した人生につながるほか、わが子が早々と「やりたいこと」を見つけてくれた喜びだ。

   他方、岸見さんは大学生になってなお将来が見えない若者にも「これからの人生で何をやりたいのか...その問いに答えるのは容易ではない」と理解を示す。この問いから逃げ続け、決断を先延ばしする人が多くなる理由である。

   逆に〈自分のやりたいことが見つかれば、人生の答えが出たみたいな気になる〉という単純な見方には「本当だろうか」と疑問を呈する。

「なぜ私がこの問い(人生で何をやりたいか=冨永注)にこだわるかといえば、歳を重ねるとこの問いはあまり意味を持たないからである。歳を重ねるとやりたいことがあっても、できないかもしれない...老いも若きも力を抜こう」

出たとこ勝負で

   筆者が言いたいことは何か。一読して腑に落ちた人は相当な読解力の持ち主だ。数回読んでの私の結論は、〈やりたいことが見つかるまで、焦らず自分に正直に生きよう。歳を重ねれば自ずと結果は出る。たとえ結果が出なくてもいいじゃないか〉というものだ。

   つまり、「自分がやりたいことすら分からないような人間は、ろくでもない道に迷い込んでしまうよ」といった「説教」へのアンチテーゼである。

   人生の進路を決めるポイントといえば、いわゆる社会人になる時だろうか。いや、これは終身雇用が常識だった昭和の話で、いまや自発的な転職は当たり前、人生における岐路は無数に現れては消えていく。

   昭和時代に就職した私でさえ、なりたい職業は建築家(小学校)→新聞記者(中学校)→建築家(高校~大学)→新聞記者(就活時)と、わずか二つとはいえ変転したうえ、記者としてもスペシャリスト(専門は経済や欧州情勢)とゼネラリスト(コラム担当)の間を行き来するなど、いわば出たとこ勝負の半生だった。

   若いうち、まあ30代まではなんとかなる。親世代が自分の経験だけで垂れる「アドバイス」は、若い人を混乱させるだけかもしれない。好きにさせてやろうよ...結語「老いも若きも力を抜こう」の意味はそういうことか、と受け止めた。

冨永 格

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