「100年前の報告書」新型コロナ対策につながる知見 スペイン風邪パンデミックの記録

   100年前、日本でもスペイン風邪が大流行した。その直後に、対応に当たった内務省衛生局が作成した詳細な報告書が2021年3月15日、新たに現代語訳で出版された。『現代語訳 流行性感冒 一九一八年インフルエンザ・パンデミックの記録』(平凡社)だ。

恐るべし「ハヤリカゼ」の「バイキン」!/マスクをかけぬ命知らず!
「テバナシ」に「セキ」をされては堪(たま)らない/「ハヤリカゼ」はこんな事からうつる!
『現代語訳 流行性感冒 一九一八年インフルエンザ・パンデミックの記録』
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「稀に見る惨状」を総括

   スペイン風邪は1918年から21年にかけて世界的に大流行し、数千万人が亡くなったとされる。日本でも3回流行し、いろいろな対策をしたが、まだ防御策を知らなかった時代でもあり、2380万人あまりが罹患(りかん)し、約38万人が死亡した。

   対応に当たった内務省衛生局は、流行終息後の1922年にすばやく報告書をまとめた。それが本書の原著となっている。日本国内での被害状況や医療体制を総括した公的文書だ。「稀に見る惨状」を呈したこと、予防方法は今後の研究を待つしかないが、今回のさまざまな対処結果が先々の参考になるであろうことなどが記されている。以下の構成。

第一章 海外諸国に於ける既往の流行概況
第二章 我邦に於ける既往の流行概況
第三章 海外諸国に於ける今次の流行状況並予防措置
第四章 我邦に於ける今次の流行状況
第五章 我邦に於ける予防並救療施設
第六章 流行性感冒の病原、病理、症候、治療、予防
第七章 英吉利及北米合衆国に於ける流行状況並予防方法の概要(省略)
第八章 我邦に於ける流行性感冒に関する諸表

   この目次を見ても分かるように、今日のコロナ対策につながる知見が凝縮されている。100年前、保健衛生の担当者たちが、未知の病だった「インフルエンザ」というものにどう立ち向かい、核心に迫ろうとしていたか、その苦労と意気込みがひしひしと伝わってくる内容だ。とはいえ、やや表現が堅苦しいので、「現代語版」が刊行されることになった。

コロナ禍で再び注目

   この現代語版の刊行までは、実は長いヒストリーがあった。内務省による当時の報告書は、歳月を経る中で「幻の書」となり、存在すら定かでなくなっていた。それをウイルス学者の西村秀一医師がたまたま古書店で発見、歴史的にも重要な文書ということで平凡社が2008年、「東洋文庫」に組み込み、『流行性感冒――「スペイン風邪」大流行の記録 』(東洋文庫)として復刻刊行した。

   ところが、同書もほどなく絶版状態となっていた。それが昨年来の新型コロナウィルスの大流行で再び注目されるようになり、平凡社は重版、さらに今回の現代語訳へと発展した。現代語訳は、西村氏が担当している。

   今回の現代語版では、復刻版では割愛していた英米の詳細な調査報告を収録したほか、当時、国民の啓発のために作られた8枚のポスターも、カラー印刷で収載している。

「マスクをかけぬ命知らず」

   原著には100年前にもかかわらず、現代に通じる警告が記されていたことが、コロナ禍で大いに注目された。たとえばマスクや咳については、詳細な実験結果をもとに、以下のように記していた。

・粗製並製の「ガーゼ」のマスクは防御効果なし。
・談話の際に菌は四尺先まで飛んでいる。患者周囲の危険界は四尺。 ・咳嗽(咳、くしゃみ)では十尺先まで飛ぶ。咳嗽患者周囲の危険界は最短十尺。
・マスクを使用することで、他の伝染経路(手の汚れ、不衛生な食物)をなおざりにする傾向がある。
・内輪の集まり(会社の事務室、友人間の社交的な会合等)ではマスクを取り外す者が多い。

   今回の現代語版に収録された、当時の「国民啓発ポスター」でも同様の警告が並んでいる。

・恐るべし「ハヤリカゼ」の「バイキン」!/マスクをかけぬ命知らず!
・「テバナシ」に「セキ」をされては堪(たま)らない/「ハヤリカゼ」はこんな事からうつる!

   現代語版は640ページ。本体3500円+税。

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