何も起きない日々 橋田壽賀子さんが書き遺した、幸せな老境

   週刊女性(4月27日号)が、橋田壽賀子さんの連載「どうしてそうなるの!」の特別編を掲載している。4月4日、静岡県熱海市の自宅で亡くなった脚本家(享年95)への追悼企画だ。連載は2018年9月から今年2月まで続き、特別編は未発表のもの。今年の節分(2月2日)にあたり、橋田さんが思うところを記している。

「みなさんがコロナで大変なときに、私ばかりが『のんきに幸せだ』と言うのも申し訳ないけれど、95歳の今、私はつくづく『幸せだなぁ』と日々をかみしめて暮らしている。それにしても毎日、何も起きない日が続いている」

   こんな風にはじまるエッセイは、日常生活の記述に移る。

   お手伝いさんが来る7時前に起床、月水金は午前中に専属トレーナーのもとに赴き、足腰の筋力トレーニングを小一時間。ほかの外出といえば、定期検診の通院が月3日ほど。糖尿病や高血圧の薬を8種類服用し、腰が痛い夜は睡眠薬に頼ることもあるという。

「寝られない日もあるが、まぁいい。予定はないのだから...人にも会わず刺激が少ないせいか、頭もどんどん鈍くなっているけれど、もう脚本の仕事もないので、誰に迷惑をかけるわけでもないだろう」

   実は秋の敬老の日に放送すべく、TBSが『渡る世間は鬼ばかり』の3時間スペシャルを企画していたそうだ。橋田さんは「撮影が始まる初夏にコロナが収束するとは思えないし、今さら誰もホームドラマなど求めていないだろう」と達観した様子である。

テレビドラマで活躍した人らしく追悼番組も組まれた
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こんな人生はごめん

   「新しいことが起きないので、ふと気づくと昔のことばかり思い出している」という筆者は続いて、これまでの仕事人生を回顧する。『おしん』『おんな太閤記』『春日局』に触れたうえ...「振り返れば、テレビのいちばんいい時代に好きな脚本を思い切り書かせてもらえた。でも、生まれ変わっても、もうこんな人生はごめんです」と。

   人もうらやむ人気シナリオ作家が「こんな人生はごめん」とはどうしたことか。読み進むと、どうやら「ずっと脚本の締め切りに追われ、日常の中につねにアイデアを探し、忙しさに追われる日々」はもうたくさん、という意味らしい。

「今はもう『何もしない』時間を好き放題にむさぼっている...畳にゴロンと寝そべって、自由気ままに昼寝をしてもいい。今までのんびりと見ることが叶わなかったBSのミステリー・ドラマの再放送をいくらでも見ることができる」

   「われながら、すごい人生だったなぁ」という独白が物語る超多忙な日々。それがあったからこそ退屈もまた楽し...そんな老境らしい。ぜいたくな最晩年である。

「窓の外を見れば、熱海の空と海と、庭の木々が、春を感じさせる陽の光にきらきらと輝いている。私は『なんて幸せなんだ』と思う。今日は節分で、お手伝いさんが恵方巻を用意してくれた。数えてみれば豆もちゃんと95個ある。こんなに食べられるだろうか。時間はある。ゆっくり食べよう」

   橋田さんが他界したのは、この結びから2カ月後である。

見開きの独占秘話

   連載の「未発表回」が、どのような経緯で編集部にストックされていたのかはわからない。欄外に「取材・文」として女性名のクレジットが添えられており、聞き書きなのかもしれない。いずれにせよ、他誌に先んじられる心配のない「肉声」である。

   週刊女性はこのエッセイの前2ページを割いて、見開きで「幻の"渡鬼"次回作はコロナ禍がテーマも...『もう書かない』と決めた最晩年の悟り」と題する「哀悼秘話」を載せている。「編集部だけが知る"最後の日常"とは...」と。

   そこで担当編集者は「最後にお電話したのは2月半ばでした。『体調が悪くて。脳の検査があるから。また来週に連絡をください』 そうおっしゃっていました」と語っている。それが最後の会話になったそうだ。

   2月下旬に体調を崩し、都内で入院。3月には熱海の病院に移り、4月3日に自宅に戻った翌日、帰らぬ人に。ほぼ望み通りの最期となった。

〈あれだけの仕事をやり遂げ、九十五歳まで書き続け、現役のまま、すうーっとあちら側に行く。なんと羨ましい終わり方であろうか〉

   林真理子さんは、週刊文春(4月22日号)の連載でそう称えた。

   人生の終章で「何も起きない日々」を抱きしめるには、長い準備が要るようだ。

冨永 格

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