不平等を是正するための具体的な方法論

■『21世紀の不平等』(著 アンソニー・アトキンソン 訳 山形浩生・森本正史 東洋経済新報社)

   本書(2015年)を著した故アトキンソン教授は英国の経済学者で、所得分配や公共経済学についての研究を世界的に牽引してきた人物である。本書を読むとわかることだが、主に労働党寄りのスタンスから政策提言を行い、英国の税制、社会保障政策に大きな影響を与えた。

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通常の所得分配策を超えた提言

   英国を含め、先進各国で所得等の不平等が深刻な問題になっていることはご存じであろう。不平等の深刻化は、長い歴史のなかで一貫して進んできたものではない。戦後の数十年の間、むしろ不平等の程度が減少し、抑制されてきた時期が長く続いていた。その趨勢が変わったのは、1980年代、90年代頃からである。

   本書はその背景にあるひとつの要因として、所得税の累進性の低下をはじめとする、再分配政策の後退をあげる。そのため、不平等を是正するための政策の第一は、再分配政策の立て直しというべきもので、児童手当週40ポンド、参加型所得週60ポンド、基本年金25ポンド増額、所得税の累進性の強化などからなっている。

   ただし、単に古い制度に戻すだけではなく、立て直しに際しては、資力調査による支払から、無条件(あるいは軽微な条件)の給付への転換が志向されていることを特徴的である。アトキンソン教授は、具体的数値計算を行い、これらを実施しても、ほぼ財政収支が取れると指摘する。

新たな一歩を踏み出す時が来ている

   本書の真骨頂は、この先にある。これらの施策を実施しても、3~5%のジニ係数の改善が見込まれる程度であり、この水準は英国の不平等をOECDの平均程度にまで下げるしか意味しない。このため、アトキンソン教授は、労働市場、資本市場、技術革新にまで踏み込み、不平等の程度を引き下げていくことを提案している。

   具体的には、賃金の決め方をより集権化するため、社会経済評議会等を通じた国民的対話により、最低賃金以上の報酬慣行規範を作り出すことである。また、国民貯蓄国債を通じ、貯蓄に対するプラスの実質利率を保証すること、ソヴリン・ウェルス・ファンドによる国保有の純資産価格の増加である。

   そして、技術については、労働者の雇用を増大するタイプの技術革新を推進するよう、技術革新の方向性を考慮すべきとしている。

   本書の出版以降も、不平等はその深刻さの程度を増す一方である。そのことを背景に、米国ではトランプ大統領の選出、アトキンソンの母国英国でも、EUからの離脱がおこなわれた。

   本書の提言には、技術革新の方向性に影響を与えるべきという、その当否の評価のむつかしいものが含まれている。ただ、いずれにせよ、そのひとつひとつを吟味し、新たな一歩を踏み出す時は来ている。我が国もその例外ということはない。

経済官庁 Repugnant Conclusion

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