新型コロナが大きく変えたキャンパスライフ 大学生が進むべき道を考える

【2022年を占う(3)】

   2020年から続く新型コロナウイルス禍は、大学生の生活に大きな変化をもたらした。入学式や対面授業が相次いで中止され、宴会も制限を受ける中、学生たちはコロナ禍のキャンパスライフをどのように受け止めたのか。そして、ポストコロナの大学はどう変わっていくのだろうか。

   学生相談室専任カウンセラーを務め、学生の心理に詳しい甲南大学文学部の高石恭子教授(臨床心理学)に話を聞いた。同大学では21年9月から、原則として対面で授業が行われているが、20年4月からしばらくは全てリモート(遠隔)授業だったという。(聞き手はJ-CASTトレンド編集部・田村今人)

学生を対象にカウンセラーも務める高石恭子教授(臨床心理学)
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学生にとって一番の変化は

――コロナ禍の学生生活の中で、一番大きく変わったものは何でしょう。

高石 どの視点から考えるかによると思います。授業を提供するという教育の使命からすれば、根本的にやり方が変わりました。「世界中の大学の授業が受けられる」というリモート化の流れはグローバルに徐々に進んできていたことで、それがコロナ禍になって一気に早まりました。
   学生の目線で言うと、授業というよりはいわゆる「キャンパスライフ」が送れなかったことが一番の大きな変化なのではないかと思います。ひとり暮らしの方なんかはいきなり狭い部屋で毎日朝から晩までパソコンに向かうことになり、誰とも喋らず、外にも出られずにつらいという叫びのような声を、カウンセラーの立場としてたくさん聞いてきました。

――学生は、コロナ禍前に思い描いていたキャンパスライフを、現在取り戻しつつありますか。

高石 はい、でも、まだ似て非なるものだと思います。本学(甲南大)でも対面授業が増え、学生たちがキャンパスには来ています。けれども、教室ではマスクをして距離を開けて座り、食堂ではアクリルのパーテーションがあり、「黙食しなさい」「宴会へ行っちゃだめですよ」と呼びかけられています。
   心理的な観点からも、「密」が悪者とされ、排除されているのが学生にとっては一番の喪失だと思っています。みんなで集まり、夜通し語り合ったり、一生の親友や恋人を見つけるとか、先輩・後輩と肩を組むとか、一生ついていきたいと思う先生を見つけて議論するとか、そういうものが今、全部そぎ落とされてしまっています。従来はこうした体験を経て、各自が社会に出る前に重要な人間形成をしてきたと思います。それができない状態なのです。

――学生からはどのような悩みが多いですか。

高石 去年の初めごろは、家族関係に緊張があったり、親子間で葛藤を抱えていたりしていた学生が入学を機に自立しようとした矢先に、コロナ禍でバイトがなくなって実家に戻ることとなり「とてもつらい」という相談が目立ちました。
   夏以降になると、遠隔授業を毎日ひとりで受けるのに耐えられず、調子を崩したという話も多かったです。
   秋には徐々に対面の授業が再開し、今度はマイペースが向いていた学生たちの(環境への)再適応がうまくいかず、調子を崩したという相談が寄せられるようになりました。
   今も感染状況によってどんどん環境が変わるので、その度に異なる授業形態に再適応をしなければならず、(ひとりが苦手な学生もマイペースな学生も)どちらのタイプの人も今、かなり疲労がたまっています。

今後の学生に求められる判断力

――もしコロナ禍が収束すれば、学生生活の姿は「元通り」になるのでしょうか。それとも、また違った形になるのでしょうか。

高石 おそらく元通りにはならないし、ならない方がいいとも思っています。コロナ前でも、遠隔の授業は配信可能でした。ただ先生の中には、「対面こそが教育である」といった理想があり、いつでも講義を見られるオンデマンド授業などは「教育ではない」と考え、「絶対やらない」人がまれではなかった。
   欧米のようになかなか普及が進まなかった遠隔授業が、やむを得ず(普及の壁を)突破したという良い面も存在します。
   遠隔の方が教育効果が上がる科目と、「これは対面でないと目標が達せられない」という科目を分別していき、各科目が教育上何を目指しているのか大学側が考え直して、(授業形式を)選べるようなシステムができていくだろうと思います。

――学生たちには、どのような変化がもたされるのでしょう。

高石 「自分にとって本当にプラスになる学び方は何なのか」という判断力を養うことが必要になってくると思います。「あんまり人と関わるのが好きじゃない」と遠隔授業ばかりを選ぶと、今度は社会に出るときに困る。職種によっては「全部リモート」というわけには、今後もいかないでしょう。
   総合的に考えて「遠隔の方が自分は学びやすい」という思いはあっても、どこかでバランスよく、苦手なものも取り入れる必要があると思います。

――コロナ禍で友人を作れなかった学生が、対面授業復活後のキャンパスライフへの順応に苦しむなど、新たな心の悩みは生まれることはあるのでしょうか。

高石 当然ありますし、今も、その渦中です。私はこういうたとえを使います。険しい山に登るとき、すごく緊張して安全に気を付けて行くけれど、登頂してほっとして下山する時が一番危ない。こういう登山の心構えがあるそうです。
   コロナの感染状況が厳しい状態では、「今年は我慢」という思いで必死で耐えたけれど、ちょっと緩んでくると、再適応の際にいろいろなリスクが待ち構えていると思います。
   ずっと人に会えるのを楽しみにしていて、「やっと解放されてうれしい」となっても、(環境の)変化も人間にとってはストレス。知らないうちに疲労がたまっていきます。無理をしやすくなり、場合によっては、(精神的に)傷ついてしまうケースもあります。そういうことを意識しておくだけでも、違ってくると思います。

変化したキャンパスライフの中で得たモノ

――学生が今後、自分の心のバランスを崩さないためのアドバイスをお願いします。

高石 コロナの影響で学生生活・人間関係の構築の体験が十分でないので、皆さん大なり小なり満たされない気持ちや喪失感、傷ついた心を抱えているでしょう。ただそれは、同世代に共通の体験で、自分ひとりだけではないと認識してもらいたい。
   人間はどんな経験をしても、何かを失ったら必ず得ているものもあるはず。コロナ禍のさなかに入学しキャンパスライフを送っている学生は、先が見えない中で曖昧さに耐える力や、孤独に自分を管理しければならない能力を、他の世代の人よりずいぶん培っていると思います。
   「他の世代にはないものも持っている」と自覚し、今後自信を持って社会に出ていってほしいですね。

高石恭子(たかいし・きょうこ)

甲南大学文学部教授。博士(教育学)。専門は臨床心理学。学生相談室の「専任カウンセラー」として学生の悩みと向き合う。カウンセラーや教職員で構成される「日本学生相談学会」では2019年より理事長。著書に「子育ての常識から自由になるレッスン」(世界思想社)ほか。

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