「メタバースにお墓」応募続々 「バーチャル僧侶」が生み出すVRの世界

   メタバース(仮想空間)プラットフォーム「VRChat」には、個人のユーザーが制作した「ワールド」(メタバース内の世界)が無数にある。訪れた人は、ワールドのテーマに沿った3D空間やギミックを自由に楽しめる。

   VRChatユーザーの「いとよ」さんは、「バーチャル僧侶」という肩書で活動する。ユーザーの希望に応じて墓石を設置する寺のようなワールドや、「ボストン茶会事件」ごっこができる世界と、ユニークな仮想空間を作り公開している。そのモチベーションや発想法について取材した。

取材に応じたいとよさん(VRChat「仮想山 観心寺」にて)
100基以上の墓石が並び立つ
ロッカー内でいとよさんと密着
ボストン茶会事件を追体験できるワールド
茶の入った積み荷をポイッと投げる
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墓を建てる事情はさまざま。

   「いとよ」さんが墓を設置しているのは、「仮想山 観心寺(げそうざん かんしんじ)」というワールドだ。寺院のような見た目で、参道の両脇に墓石が並び立つ。

   自身のツイッターで「バーチャルの世界でも、のこしたいものはありませんか?」と、墓を建てたい人を募集している。宗教によるものではなく、あくまで「文化的な活動」として実施しているとのことだ。

   VRChatからの「引退」やアカウントの切り替え、あるいは気持ちの整理や思い出への区切りなど、建墓の理由は問わない。自身のユーザー名を掘ったり、あるいは整理したい気持ちの名前を刻んだりと、墓石に記す文言もさまざまだ。

   「現在、139個の墓があります」と、僧侶風アバターのいとよさんは話す。約6割の墓は、生前葬や記念の意味合いを込めてユーザーが申請し、建てられたものだ。

   思い出への区切りで建てる例として、「中三の夏」とだけ彫られた墓がある。中学生時代に失恋したユーザーが申請した墓石だ。観心寺を訪れたユーザーの間では、この独特のフレーズが人気を博しているという。

   死んだペットへの供養として。インターネット上で仲のよかったユーザーのSNSの更新が途絶え、亡くなったのかどうかも確かめられない人の気持ちの整理として。生前葬や記念だけでなく、切実な思いから墓を申請する人は多い。「(運営を)始めてみると、本当に苦しんでいる方からもお申込みが入るようになった」と振り返る。

本業はクリエイターじゃないけど

   本業は非クリエイターで、特段の創作活動はしてこなかったと、いとよさんは明かす。メタバースに入るようになったのは、1年前。VRChat上で出会ったユーザーが、回転ずしをつかんで食べられる空間に連れていってくれた。

   会話を楽しみながら仮想のすしを食べると、不思議と満足感があった。このとき、「これからはこの(メタバースの)中で生きていく人が増える」との予感が脳内を走ったという。

   メタバースで「生きる人」がいるなら、「死ぬ人」もいるだろう。いとよさんは、こう考えた。寺のようなワールドを作り、建墓を受け付けるサービスがあれば面白いと感じ、3Dソフトの勉強を開始した。そのすぐ後、2022年3月に「観心寺」を公開。墓の募集をはじめた。

   当初、興味から制作した観心寺だが、「本物の墓地とそう変わらないほど、人の気持ちが入っています」。今では、真剣な気持ちで建墓を申し込んだ人のために「続けることが大事」との責任感があるという。

ドキドキするシチュエーション

   ただ冒頭にもある通り、いとよさんが制作したのは観心寺だけではない。この次、22年5月に公開したのが「放課後のロッカー」というワールドだ。

   教室内に設置された狭いロッカーの中をテーマにしたワールドで、ユーザー同士が2人で入室すると、お互いのアバターが密着するドキドキ感が楽しめる。

   いとよさんによると、VRChat上では通常、ユーザー同士が密着しすぎると、近づいた相手のアバターが視界から消え、見えなくなる。

   しかしワールドの設定次第では、相手の姿が消えないまま「ゼロ距離」まで近づくことができる。これを知ったとき、その設定の効果を最大限発揮できるワールドを作れば面白いのではと考え、「ロッカーで他人と密着する」という漫画のようなシチュエーションを思いついたという。このワールドは、VRChatユーザーから大きな反響を得た。

   ロッカー内で密着できるワールドの制作を通して、現実ではできない経験でも、VR上なら実現できると感じた。それ以降、自身のやりたいことを「叶えていく」との思いからワールドを作るようになった。2023年1月23日までに、7か所のワールドを公開している。

「ボストン茶会事件」のねらい

   「ボストン茶会事件」を追体験できるワールド「BostonTeaParty」は、「やってみたい」との思いで制作したワールドとの話。米国がまだ英国の植民地だった1773年、植民地政策に反発した市民が米ボストン港に停泊していた東インド会社の船に乗り込み、積み荷にあった茶葉を海に投げ捨てた事件だ。

   米国発のサービスであり自由な空間であるVRChatを楽しんでいる日本人が、米国の歴史の「原点」ともいえるボストン茶会事件。これを体験したら「我々のアイデンティティーはどう変化するのか」を、実験的に試したかったねらいも、実はあるとのことだ。

   ワールドづくりでは、技術的な理由から品質などを妥協することもあると、いとよさんは話す。本職のゲームクリエイターなどに比べると、3Dオブジェクトの美麗さや動作の快適性で「勝てるわけはない」と本音を漏らす。

   しかしワールドの根本となる、自身が「やりたいと思ったこと」という発想面を他のユーザーが楽しんでくれている点は、モチベーションの中で「大きい」要素だ。「ずっとコンテンツの消費側でしたが、まさか提供する方にまわるとは」と振り返る。

「『面白そうだ』という思いがムズムズと湧き上がると、作らずにはいられなくなります」

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