2024年 4月 27日 (土)

「ここでやめたら漁師魂がすたるよ」【岩手・大槌町から】(23)

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定置網の網起こしをする乗組員=2013年11月14日午前3時30分、大槌町の大槌湾
定置網の網起こしをする乗組員
=2013年11月14日午前3時30分、大槌町の大槌湾

「まけー、まけー、早ぐまけー」

   岩手県大槌町の新おおつち漁業協同組合による秋サケ定置網漁。沖野島漁場での網起こしで、漁の指揮をとる大謀(だいぼう)、小石道夫さん(62)の怒声が飛んだ。2隻の船の乗組員は23人。心を合わせて引いた網の中で、銀鱗が躍った。


   秋サケ定置網漁が最盛期を迎えた2013年11月14日、漁協の定置網漁船に同乗した。午前2時45分、2隻の漁船が大槌港を出港した。「瀬谷丸」(19トン)と「第一久美愛丸」(19トン)。零下2度、快晴、無風。満天の星空の下、2隻の船は6キロ先の沖野島漁場に向かった。海面を滑るように走り、約25分で漁場に到着。網巻き機と人力で網起こしが始まった。


   震災がきっかけで破たんした旧漁協の定置網漁場は、沖野島、野島、長越、仲網の4か所だった。震災で被災し、網が流されたり、海底にがれきが堆積したりした。昨シーズン、沖野島1か所で再開された定置網漁は、漁場の復旧が進み、今シーズンは野島、長越が加わった。漁協の老朽した第20久美愛丸(14トン)、第25久美愛丸(14トン)の2隻の船は、新鋭船に代わった。瀬谷丸は横浜市瀬谷区の住民による募金で建造され、第一久美愛丸は公益財団法人国際開発救援財団から寄贈された。漁の環境が徐々に整ってきた。


   沖野島漁場の定置網は深さ70メートル、総延長は1キロを超え、三陸沿岸で有数の規模を誇る。サケを誘い込む垣網、囲い込む身網、その先にある袋状の箱網、箱網に付属しサケをしまい込んでしまう金庫網。網起こしは、2隻の船で、この箱網を引き揚げる作業になる。


   漁獲量は短時間の網起こしで決まる。乗組員は23人。全員の気持ちを一つにして、バランスを取りながら慎重に網を引き寄せないと、一網打尽にはできない。瞬時の判断や動作の遅れが、漁獲量に影響する。


   約40分で沖野島漁場での漁が終わった。サケは瀬谷丸の船倉に収められた。野島漁場、長越漁場をまわって網起こしし、大槌港をめざしたのは午前5時40分。群舞する海鳥が漁船を見送ってくれた。


定置網で獲った魚を船倉に移す乗組員=2013年11月14日午前3時40分、大槌町の大槌湾
定置網で獲った魚を船倉に移す乗組員
=2013年11月14日午前3時40分、大槌町の大槌湾

   オレンジ色の朝焼けが広がる中、魚市場で水揚げが始まった。この日の水揚量は1,834尾。前日の2,891尾に及ばなかったが、ちょうど1年前の11月14日に乗船した時の1,306尾を超えた。

   新巻用のサケを仕入れにきた仲買人の中里正義さん(68)は「量、質ともに昨年を上回っている。昨シーズンは品薄に泣いたが、今シーズンはいい新巻鮭がつくれそうだ」と喜んだ。


   この日の定置網漁を横浜市瀬谷区の住民が瀬谷丸に同乗して見学した。漁による魚を地元のスーパーで販売することになったためだ。

   同乗したのは、横浜市を中心に52店舗を持つスーパー「そうてつローゼン」の水産部チーフバイヤー松下隆夫さん(45)と、募金活動をした「三陸沖に瀬谷丸を!」実行委員会会長の露木晴雄さん(33)。

   松下さんによると、スーパーでは、大槌で獲れた魚に「瀬谷丸」のラベルを張り、ブランド化して売るという。松下さんは「地元の方の生活基盤を崩さない範囲内で仕入れをしたい。三陸の商品が安全、安心だということを伝え、風評被害を吹き飛ばしたい」と語った。 露木さんは「瀬谷丸でとった魚を横浜市内で売るという夢がかない、うれしい。息長く支援していきたい」と話した。


水揚げされたサケを披露する左から露木晴雄さん、小石道夫さん、松下隆夫さん=2013年11月14日午前6時30分、大槌港の魚市場
水揚げされたサケを披露する左から露木晴雄さん、小石道夫さん、松下隆夫さん
=2013年11月14日午前6時30分、大槌港の魚市場

   大謀の小石さんは震災で九死に一生を得て、昨シーズン、秋サケ定置網漁に戻ってきた。震災から3週間後、疲労から避難所で倒れた。敗血症と多臓器不全。11日間、意識不明の状態が続き、死の淵から生還した。

   旧漁協で副大謀から大謀になり漁を指揮してきた。でも、病院を退院後、気力がわかなかった。浜から離れることも考えた。復帰を決断したのは瀬谷区の募金活動だった。「都会の人たちに助けられ、ここでやめたら漁師魂がすたるよ」

   漁に戻ってから1年余。「漁場は戦場」という小石さんは、この日の網起こしでも鬼の形相になり、乗組員を叱咤激励した。漁を終えて和やかな表情を取り戻し、こう話した。「これからは、われわれが恩返しをする番。新巻鮭発祥の地の誇りを胸に、瀬谷区の方々に、新鮮なサケを送り込み食べてもらいたい」(大槌町総合政策課・但木汎)


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