「ヒゲの殿下」長女彬子さまが「異例」手記 「別居」の母に望む「二つのこと」とは

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   「ヒゲの殿下」として親しまれ、2012年に亡くなられた三笠宮寛仁さまの長女・彬子さまが、月刊誌「文藝春秋」(15年7月号)に特別手記を寄せられた。

   父への思いをつづる一方、週刊誌などで家族との確執がうわさされていた母・信子さまについて、「私自身も10年以上きちんと母と話をすることができていない」と明かす、異例の内容だった。

  • 手記は「文藝春秋」(15年7月号)に掲載された
    手記は「文藝春秋」(15年7月号)に掲載された

家族内の「確執」明かす

   手記は、寛仁さまが亡くなって2015年6月6日で3年がたったことに合わせて寄せられた。父に代わって行われている公務のことや、喪主を務めた葬儀の際に皇室の方々に支えられたことなど、この3年間を振り返り、父への思いや感謝がつづられている。

   一方、ストレス性ぜんそくの治療のためご家族と別居し、確執がうわさされていた信子さまについては、

「私自身も10年以上きちんと母と話をすることができていない」

と言及。寛仁さまの逝去後に話し合いを申し込んだが、代理人を通じて拒否された、とも書かれている。信子さまは、故・吉田茂元総理の孫で、麻生太郎・財務大臣の実の妹でもある。

   これまでも、信子さまとご家族の確執は週刊誌などで、何度も取りざたされてきた。たとえば週刊朝日(14年12月19日号)は、以前の話として、信子さまがほかの皇族から嫌がらせを受けていると周囲にこぼしたため、寛仁親王家が宮家の中で孤立。これが原因で寛仁さまと信子さまの間に溝が生まれたと報じた。

   また女性セブン(12年6月28日号)は宮内庁関係者の証言を取り上げ、2人の病気をめぐって衝突があったと伝えている。サンデー毎日(12年7月8日号)は家族との溝が埋まらず、いずれ皇室から離脱するのではないか、という憶測があると書くほどだった。

   一連の報道について、彬子さまは「最近ある雑誌にも書かれていたけれど、寛仁親王家は長い間一族の中で孤立していた」と認める。さらに、その要因について、

「長年に亙(わた)る父と母との確執であり、それは父の死後も続いていた」

と明言されたのだ。

母・信子さま公務復帰への思い

   長らく病気療養のため、公務を控えていた信子さまだが、13年11月から少しずつ公務に復帰されている。東日本大震災のため仮設住宅に避難する住民をねぎらった福島県伊達市への訪問は、およそ7年10か月ぶりの公務だった。

   15年6月にフィリピンのベニグノ・アキノ大統領が来日した際は、秋篠宮家の次女・佳子さまの隣に座って宮中晩さん会に参加された。

   しかし、信子さまの公務復帰に彬子さまは冷ややかだ。「母に望むことは二つだけ」として、

「公務に復帰されるのであれば、今までお見守りくださった三笠宮両殿下にきちんとお目にかかり、ご無沙汰のお詫びとご報告をしてほしい」
「私たち皇族を支えてくださっている国民の皆様に、公務に復帰される理由をきちんと説明してほしい」

と注文。「それ以上のことは、私は何も望んでいない」とされている。

   一方、週刊文春の先週発売号(6月11日号)では、信子さまの体調悪化について、「すべての発端」は寛仁さま側にあり、信子さまが娘たちの心配をしている、とする匿名情報などを伝えている。

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