2018年 10月 16日 (火)

加藤千洋の「天安門クロニクル」(6)
特権と腐敗(上)壁新聞にみる学生、民衆の不満

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   胡耀邦前総書記の死をきっかけに学生たちが火をつけた民主化要求運動は、徐々に民衆を巻き込む大衆運動としてのすそ野を広げていった。背景には年率18.5%(1988年)というインフレの嵐に見舞われて生活防衛に必死な民衆の間に、高級幹部とその子弟らが不正な手段によって私腹を肥やし、階層間の所得格差が拡大することに対する不満が高まっていたことがある。

   私の日課の天安門広場取材は、学生らを捕まえては彼らの訴えに耳を傾けたり、広場のテント村にできた印刷所で刷り上がった宣伝ビラを入手したり、たまに開かれる学生リーダーたちの記者会見に立ち会うなどだったが、広場の行き帰りに必ずチェックする場所があった。

  • 地下通路の壁に張り出された風刺漫画
    地下通路の壁に張り出された風刺漫画
  • 広場の印刷所
    広場の印刷所

高級幹部のワイロ描いた風刺漫画

   広場の北を東西に走る長安街の方から広場に行くためには、長安街の下をくぐる長い地下通路を通らねばならない。その通路のコンクリート壁が、実は大事な取材ポイントだった。

   壁には学生や民衆が思い思いに書いた大字報(壁新聞)やらビラなどが張り出されていた。達筆な墨文字のものもあれば、ノートの切れ端に細かい字でびっしりと書かれたものも。新聞や写真の拡大コピー、それに大きなペンキ文字で「封建的世襲制にピリオドを打て」といったスローガンが書きなぐられていることもあった。

   中には真偽不明の政権内部の権力闘争の一端を漏らした情報も混じり、総じて興味深いものが多く、長文のものはカメラで撮影し、短いものはメモ帳に書き写したりした。1989年という時点での中国社会で学生らが渇望するものは何か。民衆の関心の所在や不満の矛先はどこに向けられているか。そうしたものがおぼろげながらつかめる内容であった。

   ここに紹介する風刺漫画もそうして集めたものの一つだ。写真では文字が読みにくいと思うので、若干補足しておこう。

   車が4台描かれている。赤い文字で「奔馳」とあるが、これは中国語でドイツ製高級車「ベンツ」のことだ。左端が600SEタイプで、その右が280SEL、次に260SE。そして右端は日本製の「皇冠」、トヨタのクラウンのことだ。つまり左端が最高級車で、徐々にランクが下がることを意味している。

   それぞれの所有者は、ベンツ600SEの背後の男は額に「公僕」とあるから「役人」ということだろう。よく太っているから下っ端役人ではなく、いわゆる「高級幹部」だろう。長く伸ばした左手の掌にはドル紙幣の札束が載っている。札束は右手に描かれた徳国人(ドイツ人)と日本人からいただいたワイロということのようで、「100億」と書かれている。巨額である。

   280SELに乗るのは「息子」、260SEは「娘婿」と書かれ、「皇冠」に乗る男は「トヨタじゃ不満だ。オレももっと高級車に乗りたい」とでもいうかのように泣きわめいている。

   車の下には別に3人の男。それぞれ高価な贈品らしきものや、酒の入ったグラスや宴会料理とともに描かれている。省政府や県政府の幹部のようで、彼らの上には「法制、党紀、政紀が効力を失う境界線」といった意味の言葉が書かれている。北京の中央政府の役人から省政府、さらに末端の県政府の役人まで、汚職がまん延している現状を皮肉ったものといえよう。

   私は取材の一環として、天安門広場周辺や市内の盛り場の電柱などの張り紙の類も結構な数を収集した。大字報やビラは学生たちが広場に設けた印刷センターのガリ版(謄写版)印刷機で作っていた。また大学の印刷機を利用したり、学生を支援する改革派のシンクタンクなどが協力して大量印刷したりしたものもあった。

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