「本当に、金曜日の夜から、今朝までの間、ほとんど睡眠も取ってません。あの、一生懸命、仕事をしています」
新人社員の言い訳ではない。2026年6月22日に行われた衆議院予算委員会で、サナエトークンや誹謗中傷動画問題について中道改革連合の後藤祐一議員から質問を受けた高市早苗首相の言葉である。
秘書の陳述書提出で「答弁とさせていただきたい」
高市首相の名を冠した暗号資産・サナエトークンをめぐっては、高市氏が当初自身と秘書の関与を全面否定したものの、その後にトークン発行と誹謗中傷動画問題に関わったとされる人物の実名証言や、秘書が参加したとされるオンライン会議の音声データなどが報道されていった。
高市首相は当初、秘書と当該人物は「面識がない」と答弁していたが、秘書と該当人物に接点があったこと自体は認めざるを得なくなるなど、少しずつ答弁を修正していった。
つまり、最初は「知らない」と言い張り、証拠が出るたびに少しずつ発言の後退を繰り返してきたわけだ。
そうして、冒頭の予算委員会の日を迎える。
高市首相は国会審議で事前通告された質問への答弁を拒み、秘書の陳述書を予算委理事会に提出する意向を示し、「それをもって詳細な答弁とさせていただきたい」と求めた。
その異例の対応に、後藤議員が繰り返し答弁を迫った。すると首相は「寝ていない」と答えたのである。
答えないための言い訳として「寝ていない」ことを持ち出したと受け取られても仕方のない場面だった。
雪印報道とよく似た、苦労を前面に押し出す「問題のすり替え」
「働いて、働いて、働いて、働いて、働いてまいります」というアピールを繰り返してきた高市首相「らしい」言葉であるが、SNSで は「寝てないピールいらん」といった呆れの声があふれ返った。
一般の社会人は、「寝ていない」「がんばった」ことが評価されるのではなく、その先にどんな成果をもたらしたかが評価されるのだ。政治家なら「がんばった」だけで許される、ということはないだろう。
そんな「寝ていない」アピールを聞いて、ある"前例"を思い出した日本人は少なくないだろう。
2000年7月4日、戦後最大の集団食中毒事件を起こした雪印乳業の石川哲郎社長が、記者会見の延長を求める報道陣にもみくちゃにされた。
そこで、石川社長は報道陣に向かって、
「そんなこと言ったってね、私は寝ていないんだよ!」
と発言、このやりとりは全国に放送され、雪印への批判が一気に高まり、石川社長はその2日後に辞任を表明、雪印への信頼失墜を決定づけた。
この発言が炎上した本質的な理由は、責任から目を逸らして自分の苦労を前面に押し出す「問題のすり替え」への反発だったのだ。
この構図は、今回の高市首相をめぐる状況とどこか重なって見える。
証拠が出るたびに少しずつ後退する答弁スタイルは変わらない
また、高市首相にとってこのパターンは今回が初めてではない。
放送法の政治的公平をめぐる総務省の内部文書問題でも、まったく同じ構図が繰り返されていたのである。
2023年3月2日、立憲民主党の小西洋之参議院議員が放送法の政治的公平をめぐり、「総務省職員から提供を受けた」という内部文書を公表した。
内部文書には、高市氏が総務相だった2015年、安倍晋三首相の腹心の補佐官・礒崎陽輔氏が、放送法第4条にある「政治的公平性」の解釈をめぐって、総務省に解釈変更を求めたとされる内容が記されていた(いずれも当時の役職)。
これが、当時の政権が一部の報道番組をけん制しようとする動きだったのではないか、と映ったのである。
2023年に経済安全保障相となっていた高市氏はこれに対して「怪文書だと思う」と述べ、翌日の参議院予算委員会で「まったくのねつ造文書だ」と断言、その場で「捏造でなければ閣僚や議員を辞職するか」と問われると「結構だ」と啖呵を切った。
しかし総務省が該当の文書を「行政文書」と認定すると、「不正確だ」「覚えていない」「確認できない」と発言を後退させていく。
追い込まれた高市氏は、
「私の答弁が信用できないなら、もう質問しないでください」
とあたかも被害者のような態度を見せて反発。その発言は後日撤回に追い込まれたが、ついに謝罪だけはしなかった。
最初は全否定、証拠が出るたびに少しずつ後退する答弁スタイルも、高市首相らしさと言えるのかもしれない。
「強い経済」「強い日本」を繰り返し訴える高市首相。
「強い」リーダーに求められるべきは成果であり、少なくとも「寝ていない」のに、「がんばっている」のに、と訴える態度ではないはずだ。