長崎市出身・平和訴えた美輪明宏さん死去 ラストメッセージでも訴え「愛があれば 戦争なんか起こりません」

   歌手で俳優・声優・タレントなど、マルチに活躍した美輪明宏さんが2026年6月20日に死去した。公式サイトで6月28日に発表された。

  • 美輪明宏さん。2012年のNHK紅白歌合戦では「ヨイトマケの唄」を披露し、大きな反響を呼んだ(写真はリハーサル時)
    美輪明宏さん。2012年のNHK紅白歌合戦では「ヨイトマケの唄」を披露し、大きな反響を呼んだ(写真はリハーサル時)
  • 公式サイトに掲載された美輪明宏さんのメッセージ。「本人が常々口にしていた言葉」だという
    公式サイトに掲載された美輪明宏さんのメッセージ。「本人が常々口にしていた言葉」だという
  • 美輪明宏さん。2012年のNHK紅白歌合戦では「ヨイトマケの唄」を披露し、大きな反響を呼んだ(写真はリハーサル時)
  • 公式サイトに掲載された美輪明宏さんのメッセージ。「本人が常々口にしていた言葉」だという

「この世のすべての問題を 解く鍵は愛です」

   発表によると、「この一年は、高齢のため仕事をセーブし、体力の回復に努めておりました」という美輪さん。

   約3か月前に体調を崩して以降は自宅で静養を続けていたといい、「最後は『ありがとう』と一言感謝の言葉を伝え、静かに目を閉じました」。「六月二十日午前九時三十分、老衰のため九十一歳で永眠いたしました」とした。

   公式サイトでは、美輪さんが生前に遺したという直筆のメッセージも公開した。

「こんな世の中を 生き抜く武器は 愛の言葉しかありません この世のすべての問題を 解く鍵は愛です 愛があれば 戦争なんか起こりません 美輪明宏」

   長崎市出身の美輪さんは、10歳のときに長崎市への原子爆弾投下で爆心地から約3.6キロの自宅で被爆。偶然によって生き延びるも、焼け野原となった街の「地獄」の光景を目の当たりにした経験から、インタビューなどでもたびたび壮絶な経験を語り、反戦歌を発表するなど、平和への思いを訴え続けてきた。

   愛を訴えたメッセージについて、公式サイトでは「世界各地で戦争や災害が起き、地震や洪水など大きな災害も後を絶ちません。そのたびに多くの尊い命が理不尽に奪われる悲しい世の中になってしまいました。日本国内でも闇バイト、通り魔、SNSによる誹謗中傷など、平気で人を殺めたり、傷付けたりする事件が増えているようです」と説明。

   「美輪の願いは、この世からあらゆる差別、偏見をなくし、すべての人が平和で明るく楽しく生きていける共生社会の実現でした。その願いを込めたメッセージです」と伝えた。

「平和、反戦について多数発言されていて頭が下がる思いでおりました」

   芸能界や政界からも、美輪さんを悼む声が相次いだ。

   俳優、タレントの松尾貴史さんは、Xで美輪さんとの思い出を振り返り、「美輪明宏さんとは若い頃、何度も仕事でご一緒しましたが、いつも毅然としておられました。そしていつもこちらは静かに緊張していました。平和、反戦について多数発言されていて頭が下がる思いでおりました」とした。

   「20年ほど前、渋谷の街中でばったりお目にかかり、『愛してるわ』とおっしゃって力着くハグしてくださったのが最後となりました」と故人を偲んだ。

   8日放送の「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)では、コメンテーターの玉川徹氏が美輪さんの訃報に触れ、「『愛があれば戦争なんか起こりません』とかいうと、中には『お花畑だ』みたいなことをいう人がいるんですよね。しかし、本当にお花畑かな、と私は思います」とコメント。

   戦争体験を踏まえて制定された憲法9条に触れ、「今回イランで戦争が起こって、あの9条が実質的な力を持って、日本が参戦することを止めたじゃないですか」と述べ、平和の大切さを訴えた。

「平和と愛を訴え続けてくださって、ありがとうございました」

   社民党党首の福島瑞穂参院議員は、「テレビの番組でご一緒していました。対談をしていただいたこともあり、コンサートにもよく行っていました。反戦をはっきりおっしゃり、美輪明宏さんの愛と強さに励まされてきました」とXにつづった。

   NHKから国民を守る党の浜田聡前参院議員は、「表面的な言葉狩りを跳ね除け、『ヨイトマケの唄』が社会に投じた一石は今なお重い」とし、「泥にまみれた労働の尊さと母の愛を魂で歌い切り、戦後日本の歩みに冷徹なまでの光を当てた美輪明宏さん」と投稿。

   「その圧倒的な表現力と、時代に屈しない毅然とした生き様に、心からの敬意と称賛を捧げます」とした。

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