選挙に関するSNS上の偽動画や誹謗中傷の拡散を抑えるための公職選挙法などの改正案が2026年6月26日の衆院本会議で可決・成立した。今国会で成立、来春の統一地方選で適用される見込みだが、基本的に「罰則なし、事業者任せ」で実効性には疑問が残った。
総務省の研究会委員で選挙管理やインターネット選挙の事情に詳しい河村和徳・拓殖大教授は、選挙区の外からも干渉されるSNS選挙時代の対応を提案する。
(聞き手 ジャーナリスト 菅沼栄一郎)
偽情報の基準を決めないと選挙管理は難しい
――改正案では、業者は偽情報に対して「悪影響を軽減するため、必要な措置を講じ」「措置の内容を年1回公表するように義務づける」とされましたが、罰則はなく、業者の自主的な対応に任せるだけです。偽情報はなくなるんでしょうか?
「取り締まるためには、どの『基準』をもって偽情報なのか、明示しないといけない。国内企業と、グーグルとかXをはじめとする外国企業の間では、必要な措置として考える内容は当然異なると思います」
―― 高市早苗首相が「偽動画疑惑」で、野党に追及されていることもあって、与党側はあまり突っ込んだ対策を議論しにくい事情も、見えます。
「そもそも「『線引き』がはっきりしなければ、例えば『A議員は偽動画だがB議員はOK』とか、事業者が判断しづらい。一方で、統一地方選挙が近いし、全国知事会などの社会的要請もありますから、何もしないという訳にもいかない。ただ、細かいところまで議論するとなると、時間もかかるし首相の疑惑に飛び火する。とりあえず感が強いです」
韓国では、大統領選で中央選管が1万件超の削除要請
―― 韓国では、「韓国中央選挙管理委員会」が乗り出して、25年6月投票の大統領選でAI生成動画や違法コンテンツに対し、削除要請を行ったと聞きました。
「韓国は日本とは比べものにならないくらいSNSを使った選挙戦が行われていますし、相手陣営を誹謗中傷する書き込みや動画などがネットに挙がっている。選挙戦でのAI利用も進んでいます。韓国の中央選管の選挙研修院で教授をつとめた経験がある福島学院大学の高選圭教授のレポートによると、削除要請は10488件に上ったそうです。選挙運動のサイバーパトロール要員を臨時で増やし、誹謗中傷などの記事が挙がったときの仕組みをつくるなどの対策を整備しています。警察も、大学などの研究機関と連携して取り締まりの強化を試みています」
―― 日本には、「中央選挙管理委員会」がありません。なぜですか。
「戦前は内務省を中心とした選挙管理の体制がありました。戦後の民主化で、戦前の統治体制を解体する流れの中で中央選管もなくなりました。総務省に選挙を扱う選挙部があるものの、選挙管理の実務は自治体の選管が請け負う体制になりました。韓国では、予算も人材も潤沢ですが、日本では、取り締まりも自治体選管任せです」
――平井伸治鳥取県知事(全国知事会元会長)は2025年2月、改めて条例を作って「2馬力選挙」や「ポスター枠譲渡」などの防止に努めてきた。河村教授も、SNSで誹謗中傷攻撃を受けた村井嘉浩知事の宮城県で、対策検討に乗り出しています。
「『宮城県選挙期間中の情報流通の諸課題への対処に関する検討会』(座長、京大の曽我部真裕教授)で、2026年春から独自にファクトチェックの方法の研究など検討を続けています。国会でも、選挙制度調査会のような第3者機関で、本格的な国民議論を急がなければいけません」
選挙区の外側から情報が大量に入り込んでくる時代が到来
「選挙権に財産制限がなくなって、男性のみですが普通選挙が実施されたのが、ちょうど100年前でした。この年は、いまのような厳しい選挙運動規制もスタートしました。欧米では選挙運動の基本とされている戸別訪問は、日本では今でも禁止されています。日本の選挙運動規制は戦前の流れを引き継いで現在に至っていますが、ちょうど100年を機に広がったSNS選挙運動に対して、どのような効果的な対応ができるのか問われている、ともいえるでしょう」
―― 選挙運動にインターネットが導入されたのだから、選挙管理する側も大きくする必要がありますか。
「海外をはじめ選挙区の外側から、干渉しようとする情報が大量に入り込んでくる時代が到来した。いままでの選管は選挙区の中だけ意識していればよかったが、インターネット選挙運動を管理するには、選管だけではなく警察や事業者などが連携する枠組みを構築する必要がある」
河村和徳氏の略歴 2025年から拓殖大学政経学部教授。情報科学博士(東北大学)。1971年生まれ。総務省投票環境の向上方策等に関する研究会委員、著書に「電子投票と日本の選挙ガバナンス」(慶応義塾大学出版会、2021年)。