任期満了に伴う沖縄県知事選が2026年8月27日に告示され、9月13日の投開票まで17日間の選挙戦が始まった。朝の立候補受付開始直後に、過去最多となる6人が届け出た。立候補を表明していた元衆院議員の下地幹郎氏(65)が告示直前に撤退を表明したことで、選挙戦は前那覇市副市長の古謝玄太氏(42)と、3選を目指す現職の玉城デニー氏(66)による事実上の一騎打ちの構図が固まった。古謝氏が「第一声」の場所に選んだのは、那覇市にある県庁そばの県民広場前だ。古謝氏は沖縄戦や米国統治下の苦難に触れた上で、「誰かのせいにしない沖縄を作りたい」と強調。国や大企業、県外資本を「悪者」にするだけでは暮らしは良くならないと訴えた。玉城氏も同じ場所で夕方に演説を予定している。国、大企業、県外資本を悪者にしても「沖縄は変わらない」と主張古謝氏が演説の中で特に強調したのが、現職との違いだった。今回の選挙戦の特徴のひとつが、告示前に座談会や討論会が多数開かれたことだ。古謝氏によると、現職らと議論を重ねる中で「誰かのせいにしない沖縄を作りたいという思い」を抱いたという。古謝氏は、81年前の沖縄戦で県民の4分の1が犠牲になり、その後も27年間にわたって米国の統治下に置かれた歴史に言及。苦難を耐え抜いて現在の沖縄を築いた先人に「深く敬意を表します」とする一方で、「そろそろ新しい時代を作ってもいいんじゃないか」と続けた。「国を悪者にして、あるいは大企業、県外の資本、こうしたところを悪者にして、沖縄の暮らしが良くならないと嘆くのは簡単だが、それでは沖縄は変わらない。誰かのせいにして、今を諦めるのはもうやめましょう。自分たちの手で沖縄の未来を描いて、県民の皆様とともに、その実現に向けて進んでいきたい」米軍普天間基地(宜野湾市)の名護市辺野古沖への移設反対を続け、国との対立構図が前面に出てきた玉城県政を念頭に置いた発言だとみられる。古謝氏は、県民所得の倍増、子育て支援の拡充、観光振興、交通渋滞の解消、高齢者福祉の充実を列挙。「自分事として必ず実現する」と訴えた。玉城氏は本部町・備瀬崎で第一声、南下して夕方には那覇でも古謝氏は自民党、日本維新の会、国民民主党、参政党、保守党、公明党沖縄県本部から推薦を受け、「第一声」の現場にも各党の「のぼり」が並んだ。一方で、玉城氏と同様、特定政党の立場に縛られない「県民党」を掲げている。古謝氏は県民広場での第一声後、父親の出身地で、自らのルーツでもある宮古島へ向かった。3選を目指す玉城氏は、沖縄本島北部の本部町・備瀬崎で第一声を上げ、玉城県政の継続を訴えた。名護市、うるま市、沖縄市、宜野湾市、南風原町と南下し、18時には、同じ日の朝に古謝氏が演説した県民広場前で初日の遊説を締めくくる。このほか、届け出順にIT会社社長の兼島俊氏(48)、医療法人役員の末吉正弘氏(73)、会社経営の比嘉隆氏(49)、政治団体代表の屋良朝助氏(74)も立候補した。立候補は17時に締め切られる。(J-CASTニュース編集委員兼副編集長工藤博司)
記事に戻る