新幹線では、移動中にノートパソコンを広げて仕事をする人の姿も珍しくない。ただし、多くの乗客が同じ空間で長時間を過ごすだけに、作業中に発する音が周囲にどのように聞こえているか、気になるところだ。
キーボードの打つ音や荷物を出し入れする音などは、本にとっては何気ないことでも、思いのほか響いてしまうことがある。
藤崎千尋さん(仮名・40代)は関西から東京へ戻る新幹線で、後ろの座席から響き続けるタイピング音に困惑したという。
車内に突然響いた「ダダンッ」というエンターキーの音
子どもの夏休みが始まって間もない7月の出来事だ。藤崎さんは、帰省先の関西から東京に戻る新幹線に乗っていた。車内は混雑していたものの、周囲は静かだったという。
「赤ちゃんを連れた家族も静かでしたし、隣に座っていた外国人も、スマホを見ながら小声で話していました。みんな周囲に配慮しているんだなと思っていました」
藤崎さんもスマートフォンを見たり、ウトウトしたりしながら過ごしていた。
後ろの座席には、会社員らしき男性が座っていた。小田原を過ぎたことを知らせるアナウンスが流れた直後、突然、「ダダンッ」と大きな音が後方から聞こえたという。
続けて聞こえてきたのは、バッグを開けて何かを取り出すような音。そして、ノートパソコンのキーボードを叩く音が始まった。
「『何回エンター押すんだろう』と、そればかり気になって」
「とくに、エンターキーを押す音がものすごく大きかったんです。途中から、『そんなに力いっぱい叩かなくても』『何回エンター押すんだろう』と、そればかり気になってしまいました」
隣に座っていた外国人も気になったようで、何度か後ろを振り返っていたという。
藤崎さんも座席の隙間から様子を確認すると、男性は険しい表情でパソコンの画面に向かっていた。
「周りから見られていることには、まったく気づいていないようでした」
東京駅が近づいた頃、ようやくタイピング音が止まった。男性から「ふぅ」と息をつく声が聞こえ、藤崎さんも「これで騒音から解放される」と思った。
しかし、その直後だった。背後から再び「ガチャガチャ」と慌ただしい音が聞こえ、続いて「ヒッ」という小さな声がしたという。
「何が起きたんだろうと、ものすごく気になりました」
東京駅への到着も近かったため、藤崎さんは降車準備をするように立ち上がり、後方の座席を見た。そこには、倒れたペットボトルとキーボードを必死に拭いている男性の姿があった。
パソコン作業そのものは禁止されていなくても、静かな車内ではキーボードを叩く音が、想像以上に周囲へ響くことがある。仕事に集中していると周囲の様子に気づきにくくなるだけに、音にも少し意識を向けたいところだ。