「たけし軍団」グレート義太夫さん死去 亡くなった当日の朝に更新したブログで残した言葉

   「たけし軍団」のひとりとしても知られたお笑い芸人でミュージシャンのグレート義太夫(本名・鈴木正之)さんが2026年9月7日に死去した。所属事務所の「TAP」が8日、公式サイトで発表した。

  • 多くの著名人がグレート義太夫さんとの別れを偲んだ(画像はイメージ)
    多くの著名人がグレート義太夫さんとの別れを偲んだ(画像はイメージ)
  • グレート義太夫さんのブログより
    グレート義太夫さんのブログより
  • ビートたけしさん(2015年撮影)
    ビートたけしさん(2015年撮影)
  • 多くの著名人がグレート義太夫さんとの別れを偲んだ(画像はイメージ)
  • グレート義太夫さんのブログより
  • ビートたけしさん(2015年撮影)

24年には心筋梗塞で「10時間にも及ぶ手術」

   グレート義太夫さんは、81年から90年にかけて放送されていたラジオ番組「ビートたけしのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)のリスナーを経て、ビートたけしさんのバックバンド「シークレット・ポリス」に加入。その後、たけしさん率いる芸人グループ「たけし軍団」の一員となった。

   芸人として活躍したほか、映画監督・蜷川幸雄さんの作品などにも複数出演し、コメディ・リリーフとして知られた。北野武名義の映画「菊次郎の夏」などにも出演している。

   糖尿病に罹患していることを明かしており、07年からは糖尿病をきっかけとした腎不全のため、週3回の人工透析を受けているとしていた。また、24年9月のX投稿では、心筋梗塞で倒れたことを報告。「10時間にも及ぶ手術のおかげで、何とか生きながらえております」としていた。

   TAPは8日、「弊社所属タレント グレート義太夫は、2026年9月7日、満67歳をもって永眠いたしましたことを、ここに謹んでご報告申し上げます」と報告した。

   複数社の報道によると、東京・中野区の自宅マンションの階段で倒れているのが見つかり、搬送先の病院で死亡が確認されたという。

「朝はお元気そうだったのに」

   義太夫さんはSNS発信も行っており、生前最期の発信は死去当日となる7日朝6時6分に公開されたブログ記事だった。

   「やっぱり雨...。」とのタイトルで、「おはようございます。予報通りの『雨』都庁も見えません」と雨空の新宿の写真を公開。

   「新島が心配です...」と、同日大雨に見舞われ、気象庁からレベル5土砂災害特別警報が発令されていた東京都・新島村を案じていた。

   インスタグラムでは3日、「月見ではしゃぐはキツネとタヌキ オカメも踊るよもりのそば...」と都々逸を添え、マクドナルドの月見バーガーと月見パイの写真を投稿していた。

   9月24日の「氏神一番プレゼンツ ラママお江戸寄席」をはじめ、9月には複数の舞台に出演する予定だった。

   突然の訃報に、SNSでは「殿より先に逝ったらあかんよ」「俳優としても大きな存在感があった。朝はお元気そうだったのに」など、悲しみの声が相次いでいる。

「いずれみんなも追いかけるから。また会おうな」

   訃報を受け、たけしさんも公式サイトでメッセージを公開している。

「みんな歳とったな。いずれみんなも追いかけるから。また会おうな」

   ともにたけし軍団のメンバーとして活躍した東国原英夫さんは、Xを通じて「今、タップの社長・枝豆君に確認した。どうやら事実らしい」と投稿。

   「ショックである。心からご冥福をお祈りいたします!」とした。

   コメディアンで書家の越前屋俵太さんも「グレート義太夫さんがお亡くなりになられました。たけし軍団の中で一番仲が良かったです」と明かし、「いつも気にかけてくださってました。もう一度会いたかったです。ご冥福をお祈りいたします」と故人を偲んだ。

   お笑い芸人で西東京市議の長井秀和さんも、「楽屋で世間話に付き合ってただける芸人さんといったら、グレート義太夫さんでした。お疲れ様でした。御冥福をお祈りいたします」とつづっている。

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