東京都心は37日連続の降雨――。ウェザーニュースによると、2026年8月27日から10月2日までの連続観測は、1886年の統計開始以降で最長だという。隣接する千葉県でも、9月に入って以降の降水量は、平年よりずっと多かった。その千葉県に9月21日、台風25号が最接近する。緩んだ地盤、大量の水分を含んだ土地、増水した河川は、いくつもの「想定外」を引き起こした。そのひとつが、印旛沼の氾濫だろう。「重い」田畑や民家に大量の水草が流れ着いた印旛沼では、周辺の河川・水路を合わせて堤防が3地区4か所で決壊し、あふれ出した大量の水が周辺地域を沈めた。地域住民にとっては「まさか」の出来事だっただろう。J-CASTニュースの記者は9月の終わり、千葉県成田市、栄町の印旛沼近くを歩いた。JR下総松崎駅から、西側にある沼を目指して10分ほど歩くと、民家が建ち並ぶ道に入った。どの家も、家財道具や畳を外に出して、大掃除の真っ最中だった。見ると、大量の水草のようなものを屋外へとかきだした女性が、「重い...」と声に出しながら必死に持ち上げていた。縁者や友人と思われる人が手伝いのため、車で駆けつけた風景にも出くわした。周辺は、水田が広がっている。ところどころで稲が横倒しになり、水草が水路を埋め尽くしたり、あぜ道に不自然に流れ着いていたりする光景が見られた。沼に通じているはずの細い道が泥だらけで、そこが道だと判別できない場所もあった。地図で調べると、記者が歩いた道路は印旛沼の最も近いところから直線距離で1キロほどの地点だ。そこまで、氾濫の影響が及んでいたことになる。地元の男性に話を聞くと、自身は住居の浸水を免れたが、知人との会話のなかで、「過去60、70年で印旛沼が氾濫したという話は、聞いたことがないと言っていた」と明かした。印旛沼では、現在の治水対策の基盤が整えられた「印旛沼開発事業」が1968~69年に実施された。報道によると堤防の決壊は、同事業完了後では初めてだという。沼の大規模な氾濫としては、1941年や1958年に民家や田畑の水没の記録がある。開発事業後では2013年10月、台風26号による豪雨で西印旛沼の水があふれ、佐倉市の田畑70.5ヘクタールと民家2戸が浸水した。なお、26年9月の台風25号では、千葉県防災危機管理部の10月8日発表で住宅被害の暫定値として、全壊81棟、半壊531棟、一部損壊448棟、床上浸水361棟、床下浸水1290棟と、13年の被害と比べてケタ違いの大きさとなっている。3週間たっても浸水から逃れられない台風25号が千葉県にもたらした、想定外の被害はほかにもある。停電は市原市や木更津市などで10月12日時点も続いている。JR内房線は、姉ヶ崎―長浦間が復旧まで少なくとも3か月程度。道路も、国道409号は袖ヶ浦市や市原市で復旧工事が続く箇所がある。なかでも、酒々井町「開運団地」でいまだ解消されない浸水被害は、住民にとっては大きな災難だった。被害を受けた住宅は、最大15戸から10月11日時点で3戸になった(国土交通省関東地方整備局の発表)。ポンプで排水作業を続けているが、3週間たってもまだ終わっていない。この地区では過剰な盛り土がされ、台風の前にも土砂の崩落が複数回起きていた。町は業者に土砂の撤去を求めるも応じず、26年2月に町が行政代執行を実施していた。だが台風25号により、別の箇所の盛り土が崩落。排水する経路がふさがれ、浸水が長期化しているという。普段は何事もなく暮らしている地域が、ひとつの台風で思いもよらぬ被害に巻き込まれ、長く苦しみを味わう。「明日は我が身」と思って、少しでも備えをするしかない。(J-CASTニュース 荻仁)
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