電車内での咳やくしゃみは、周囲の乗客に不安や不愉快を与えることがある。一方で、病気などが原因で、本人との意思とは関係なく咳が出てしまう人もいる。
日本民営鉄道協会が公表した「2025年度 駅と電車内の迷惑行為ランキング」によると、「周囲に配慮せず咳やくしゃみをする」が2年連続で1位となった。
1年半前、埼玉県から東京都内へ通勤していた田島和彦さん(仮名・60代)は、仕事帰りの電車内で咳をしたことがきっかけで、女性から「ハラスメント」を訴えられるという思いがけない経験をした。
「私を威圧して咳払いしてきましたよね」
田島さんは、午後8時ごろに地下鉄を降り、乗り継ぎ先のホームへ向かった。すると、突然肩をたたかれたという。
「振り返ると、駅員さんと女性が立っていました。駅員さんから、女性がハラスメント被害を訴えていると聞かされたんです。でも、まったく心当たりがありませんでした」
駅員が女性に「痴漢被害」の有無を確認すると、「痴漢はされていないです。脅迫のようなことをされました」と答えた。
女性は、先ほどの地下鉄で田島さんの正面の座席に座っていたそうだ。
「私は、ドアに近い場所に立っていました。車内が混んでいたので、女性の座っている席に近づいていたのかもしれません」
そのとき、女性から思いがけない言葉を投げかけられた。
「私を威圧して咳払いしてきましたよね。怖くてしょうがなかったんです」
田島さんは当時、鼻の病気で通院しており、翌月には手術を控えていた。頻繁に咳が出るため、マスクを着用していたという。
「病気で咳が出てしまうことや、威圧するつもりはなかったことを説明しました。でも、女性は納得してくれず、警察を呼んでほしいと言い出しました」
思いもよらない展開となり、田島さんは警察官の到着を待つことになった。
警察官から「問題はないようだ」と言われたものの
約10分後、警察官が到着。田島さんと女性はホームの離れた場所で、それぞれ事情を聞かれた。
「通勤客が行き交うなか、警察官と一緒に立っている自分が情けなく感じられました。もう開き直るしかないと思うようにしました」
田島さんは車内での経緯を説明し、病院の診察券を提示。すると、警察官からは「身長」について指摘されたという。
「私は身長が185センチあるので、それで威圧感につながったのかもしれないと言われました。話を聞いた限りでは、『とくに問題はない』とも言ってもらえたんです」
ところが、女性側の事情聴取はなかなか終わらなかった。
「警察官と世間話をしながら、約1時間立って待っていました。その後も、女性が電車に乗るまで待つことになったんです」
最後に、女性から事情を聞いた警察官から、田島さんに悪いところはないようだが、今後は女性と会わないように、乗る場所を変えるなど工夫してほしいと伝えられた。
ようやく電車に乗り、少し冷静になったことで、田島さんはあることを思い出した。
「そういえば、女性は足を斜めに投げ出して座っていて、隣の人が狭そうにしていました。私が近くに立ったことで、足を戻せなくなったのかもしれません」
ただし、女性がそのことについて不満を訴えていたかどうかは分からない。
「もしそうだったのなら、悪いことをしたと思います。でも、別のストレスを私に向けたのなら腹立たしいですし、女性にも何か事情があったのかもしれない。自分が悪かったのかとも考えて、複雑な気持ちでした」
帰宅したのは午後10時半。予定より1時間半も遅くなった。
その後、田島さんの咳の症状はおさまった。当時のことについては、周囲に迷惑をかけたことを申し訳なく思っているそうだ。
「男性の立場からの話なので、女性側の気持ちを考えていないと思われるかもしれません。今回の出来事について、男性側、女性側、それぞれどう感じるのか、意見を聞いてみたいですね」
車内での咳払いをめぐり、警察が呼ばれるまでに発展した今回のトラブル。田島さんの話からは、同じ出来事でも、立場によって受け止め方が異なる難しさがうかがえる。