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FRBパウエル議長「利上げ発言」、エコノミストはどう見たか? 情勢悪化と原油高騰重なったら、まさかの展開も?【ウクライナ侵攻】

   ロシアのウクライナ侵攻という世界経済の大混乱のさなか、FRBのパウエル議長は2022年3月2日、米下院で金融政策について証言し、毅然として利上げ(金融引締め)を進めると明らかにした。

   もっとも、利上げ幅も「0.25%」と当初の予想より控えめで、株式市場はこれを歓迎、一気に株価が上昇した。

   しかし、ホッとしていいのか。「劇的な展開があるかもしれない」と予想するエコノミストもいる。いったい、どういうことか?

  • ウォール街にあるニューヨーク証券取引所
    ウォール街にあるニューヨーク証券取引所
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利上げ「0.5%」ではなく「0.25%」に市場は安心したが...

   報道によると、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は2022年3月2日(現地時間)、米議会下院金融サービス委員会で証言し、3月15、16日に開かれる米連邦公開市場委員会(FOMC)で「0.25%の利上げを支持する提案をしたい」と明言した。具体的な利上げ幅の数値を示したのは初めてだ。

   市場関係者の間では、米国経済で急速に進むインフレ抑制のために、FRBが思い切った金融引き締めに踏み切り、「0.5%の利上げ」もあるのではないか、という観測が流れていた。それだけに、同日のニューヨーク株式市場では警戒感がやわらぎ、ダウ平均株価の終値は前日に比べて596ドル上昇した。IT関連銘柄が多いナスダックの株価指数も1.6%の大幅上昇となった。

難しい舵取りを迫られるFRBのパウエル議長(FRB公式サイトより)
難しい舵取りを迫られるFRBのパウエル議長(FRB公式サイトより)

   しかし、パウエル議長は高インフレが定着しかねないことに強い警戒を示し、インフレが和らがない場合は「より積極的に動く」とも発言。1回の会合の利上げ幅を0.25%から0.5%に拡大する可能性も否定しなかった。

   ロシアのウクライナ侵攻により、米国経済が視界不透明な中でもインフレ抑制を毅然と進める姿勢を示したかたちだ。パウエル氏の発言のポイントを整理すると次のようになる。

(1)ウクライナ情勢の影響:ロシアのウクライナ侵攻は「ゲームチェンジャー」。経済が予期せぬかたちで変化することを認識する必要がある。FRBの政策は「自動運転」ではないので、情勢にあわせて機敏に政策を調整する。
(2)量的引き締めの時期と期間:約9兆ドルに膨らんだFRBの保有資産を縮小する量的引き締め(QT)には「3年程度」かかる。縮小計画を3月のFOMCで最終決定することはない。
(3)エネルギー価格の上昇とインフレ抑制:ウクライナ情勢の深刻化以前にエネルギー価格の上昇圧力があった。今後、さらに上昇する可能性があるが、エネルギー価格の水準とインフレ圧力は分けて考える必要がある。
(4)ロシアの経済制裁の影響:米国の金融システムは強固で、ロシアの金融システム混乱の影響は受けない。(ロシアは金融制裁を回避するため仮想通貨を使っている疑惑があるが、との問いに)そうした報道が真実かどうか情報を持っていない

   ......などというものだ。

原油高を横目にみながら利上げの難しい舵取り

   今回のパウエル議長発言をどう受け止めればよいのか。専門家の意見を読み解くと――。

   日本経済新聞(3月3日付)「FRB議長、ウクライナ侵攻で視界不良 3月利上げは堅持」につく「ひと口解説・分析・考察」の「Think!欄」では、慶應義塾大学総合政策学部の白井さゆり教授がFRBの今後の政策をこう予想している。

「少し前まではFRBもインフレを重視して利上げや量的縮小(QT)に前のめりになっていたが、ウクライナ戦争が長期化すればエネルギー価格が高い水準で維持されるため、米国の成長への下押しを新たに意識せざるをえなくなった」「年内は3月、5月、6月は0.25%ずつの利上げ、その後はインフレと経済情勢をみながら利上げのタイミングを決めていくだろう」
世界経済を大混乱に陥れているロシアのプーチン大統領(ロシア大統領府公式サイトより)
世界経済を大混乱に陥れているロシアのプーチン大統領(ロシア大統領府公式サイトより)

   同欄では、立教大学ビジネススクールの田中道昭教授も、

「米国の経験則の1つに『油価が10ドル上昇すると、インフレ率が0.4%~0.5%程度上昇』というものが指摘できます」「WTI原油価格は110ドル前後と高止まり。インフレ率がすでに7.5%と40年ぶりの高水準となっているなか、FRBとしては金融市場の混乱が起きないことを注視しながらも利上げに踏み切らざるを得ない」

と、FRBには難しい舵取りを迫られているとみる。

   日経新聞論説委員の上杉素直記者は、「現時点で米国の金融政策のシナリオを修正する必要はない――というのがパウエル議長の説明」と指摘したうえで、「ドルの利上げは金融マーケットや新興国経済に予期せぬインパクトをもたらす可能性が指摘されてきました。さらに変数が増え、先を見通すのが一段と難しくなりました」と懸念を示していた。

パウエル発言の日、「恐怖指数」は30を超えた

   エコノミストたちは、株式市場がどうなると見たのだろうか――。

   野村アセットマネジメントのシニア・ストラテジスト石黒英之氏のリポート「利上げ姿勢堅持のパウエル議長と株式市場」(3月3日付)では、株式市場に対する投資家の心理状態を数値で表した「恐怖指数」と呼ばれる「VIX」(ヴィックス)に注目した。数値が高くなると、株価が下落する可能性が高まるとされる。

「(パウエル発言のあった)3月2日時点で米国株の不安心理を示すVIXは、30超となるなど、年初の10台から急騰しており、市場の緊張は高まっています」「FRBが利上げを急げば、米国が景気後退に陥るリスクも高まっています」「ただ、現時点でFRBは市場との対話をスムーズに行なっているようにもみえます」「目先はウクライナ情勢と物価指標を見極めながら、下値を複数回に分けて丹念に拾うことが肝要と考えられます」

   恐怖指数は高まっているが、市場はまだFRBの金融政策の舵取りを冷静に見守っているというわけだ。

原油増産ペースは現状維持...原油価格上昇&物価高懸念も

   しかし、FRBは大きなリスクを抱えており、今後の展開に目を離せないと警戒感を露わにするのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。木内氏のリポート「FRBの3月利上げとウクライナ情勢を受けた原油価格の一段高」(3月3日付)では、「異常なまで」の原油高騰の中でのパウエル発言に注目した。

   それによると、パウエル発言のあった3月2日に米国原油市場で、先物価格の指標となる「WTI」(西テキサス中質原油)価格は一時、112ドル台と10年ぶりの水準に達した。その一方で、主要産油国でつくる「OPECプラス」は同日、現在の原油増産ペースを4月も続ける現状維持を決めた。これでは原油価格がさらに上昇し、物価高に拍車をかけることになる。

ガソリンや灯油の高騰が止まらない(写真はイメージ)
ガソリンや灯油の高騰が止まらない(写真はイメージ)

   木内登英氏はこう指摘する。

「40年ぶりの物価高騰に見舞われ、国民の不満も高まっている米国では、FRBの当面の金融政策は物価高対応に傾きやすい。その姿勢は、米国経済に悪化の兆しが明確に確認されるか、あるいは利上げによる金融市場の大きな混乱が生じるまで続くだろう」「本来金融政策に必要とされるフォワードルッキングな(=先を見越した)政策姿勢は、現状ではとられにくい」

   そして、ウクライナ情勢悪化と原油高騰が重なり、経済情勢が悪化していくと金融市場が大きく動揺する可能性があると、木内氏は指摘する。その時、どんなことが起こるか――。

「それが急激に進んだ場合、FRBは一気に金融緩和に転じる可能性さえ出てくるだろう。今年後半からは、そのような劇的な展開となる可能性に留意すべき局面に入ってくるのではないか」

   金融引締めから、一気に金融緩和になったら......?! まさに世界経済の大混乱となるかもしれない。

(福田和郎)