その声が心の奥底に響く 幸田浩子の愛しいソプラノ

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幸田浩子
『カリヨン~愛と祈りを歌う』
COZQ-358-9(DVD付)
3000円
2月18日発売
コロムビアミュージックエンタテインメント


   クラシックの多くは再現芸術である。先人の残した音楽を譜面を元に如何に正確に、あるいは如何に解釈し再現するか、できるか? ストックメディアと言う意味において、譜面は今でいえばPC上のストックフォルダーのようなニュアンスのものだったかもしれない。音楽を残すために出来得る限りの緻密さと正確さで譜面に書き残す……。モーツァルトが今の世に生を受けていたら、宮廷で作品を披露したように、ライヴをしCDを制作しているだろうか? パソコンに「ドン・ジョバンニ」を打ち込んでいるだろうか? そして、後世のため(再現するため)に譜面化をするだろうか……?

   クラシックに興味を抱くことはなかった。なぜなら再現芸術だからだ。それは前のめりに生きるためのものではなかった。どのような解釈を施しても8の字のように、常に同じ場でループするように感じたからだ。歌は世につれ……と言う言葉がある。時代が音楽を創り、音楽は時代を装飾するものである限り、常にその姿を変貌させていくはずだと思っていた。だからロックだった。パンクだった。

   それは過ちではなかったが、正鵠を射てもいない。巨視的に観れば、音楽はその表現、形、道具、内容という意味でも、巨大なループを描き始めている。すべての音楽がクラシックのように再現芸術化し始めている。新しい音楽は生まれない。古い音をカヴァーし始めている。どんなニュージャンルをこしらえても、たちまち古き良き音になっていく。そしてはたと気がつくのだ。音楽の「本質」の一つとして再現性ということがあるのではなかろうか? と。新しけりゃ良いってもんじゃねぇんだ。そう考えた瞬間に、クラシックが身近なものになった。

   問題は解釈なのだ。クラシックを聴いてきた人たちは、何をいまさら川端柳ってところだろうが、先端の音ばかり聴いてきた人間にとっては青天の霹靂なのだ。

   そして、その再現性という意味では、人間の声ほど様々なヴァリエーションを与えるものはない。

   08年度エクソンモービル音楽賞洋楽部門奨励賞を受賞した世界のソプラノ、幸田浩子のニューアルバム『カリヨン~愛と祈りを歌う』を聴いて、その声に震えた。ソプラノのコロラトゥーラは、約束事ではあるのだろうが、心の奥底に響いた。オリジナル楽曲「カリヨン」は、イタリアのポップス界の重鎮ベッペ・ドンギアが幸田浩子のために創った曲。他のクラシックの名曲以上に何度でも聴きたい作品だった。

   音楽は良い。難しく考えることもないなと、思う。

   幸田浩子はこんなことを言った。

「聴いてくださる皆さんが『あぁ、歌って良いな、愛しいものだな』と思って下されば」

   ……思ってしまった。

CD収録内容
*演奏:幸田浩子(ソプラノ) / ベッペ・ドンギア(ピアノ12、13) / 新イタリア合奏団
*録音:08年10月28日~11月1日、パドヴァ郊外、ヴィラ・マルチェッロ
1.アヴェ・マリア(カッチーニ)
2.アヴェ・マリア(バッハ/グノー)
3.オンブラ・マイ・フ ~歌劇《セルセ》より
4.涙の流れるままに ~歌劇《リナルド》より
5.アヴェ・マリア(マスネ)
6.アヴェ・マリア(マスカーニ)
7.禁じられた音楽
8.ヴィラネル
9.くちづけ
10.アリア ~ブラジル風バッハ第5番より
11.ヴォカリーズ
12.カリヨン
13.アメイジング・グレイス

DVD
*演奏:ベッペ・ドンギア(1)/ヤクブ・フルーシャ指揮、プラハ・フィルハーモニア(2)
*07年8月、プラハ(2)
1.カリヨン
2.恋人よ、さあこの薬で ~歌劇《ドン・ジョヴァンニ》より


◆加藤 普(かとう・あきら)プロフィール
1949年島根県生まれ。早稲田大学中退。フリーランスのライター・編集者として多くの出版物の創刊・制作に関わる。70~80年代の代表的音楽誌・ロッキンFの創刊メンバー&副編、編集長代行。現在、新星堂フリーペーパー・DROPSのチーフ・ライター&エディター。

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