【書評ウォッチ】繰り返す「いじめ」のわけ 進む究明と見つからない対策

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   いじめが社会問題化している。これまでも自殺や不登校といった深刻な事件・事態が繰り返し明るみに出てきたが、これという有効な対策はまだ見つからない。ただし、原因の解明がまったく進まなかったわけではない。1980年代から今までの経緯や実態追究の関連本を教育社会学の伊藤茂樹さんが朝日読書欄で薦めている。【2012年9月9日(日)の各紙からI】

観衆、傍観者、それぞれがいじめに関与

左:『なぜ、人は平気で「いじめ」をするのか?』(加野芳正著、日本図書センター)/右:『いじめとは何か』(森田洋司著、中公新書)
左:『なぜ、人は平気で「いじめ」をするのか?』(加野芳正著、日本図書センター)/右:『いじめとは何か』(森田洋司著、中公新書)

   人は昔からいじめたり、いじめられたりしてきたが、「いじめ」という言葉が使われ始めたのは80年代ごろという。『なぜ、人は平気で「いじめ」をするのか?』(加野芳正著、日本図書センター)は、この30年の経緯を含めて問題を概観するのにむく。「いじめの四層構造」を分析したのが『いじめとは何か』(森田洋司著、中公新書)。被害者を中心に加害者、はやし立てる観衆、見て見ぬふりをする傍観者が同心円状にいて、それぞれがいじめに関与していると見る。

   『いじめの構造』(内藤朝雄著、講談社現代新書)は、加害者サイドの心理「全能感」やそれを現実化して加速させる群れの勢い「群生秩序」を考えた。

   80年代以降、情報化や消費社会化などが進んだ。相変わらずの学校からはかつての輝かしさが薄れ、子どもたちの問題行動が深刻になったと伊藤さんは見る。このへんは『学校の現象学のために』(小浜逸郎著、大和書房)に。学校内外の子どもの人間関係については『友だち地獄』(土井隆義著、ちくま新書)がある。

イギリスでは仲裁者、日本では傍観者が増えて

   では、いじめをどうすればよいのか。この肝心な問いかけに書評は最後にいくらか触れるだけで、ことの重要性や緊急性に対してどうも物足りない。もっともっとつっ込んでほしいところだが、これは著者・識者たちが重ねてきた分析でも解決策に依然ほど遠い実態を示してもいて、責めることもできない、哀しい事実だ。

   ただ一点、「ひとつのヒントは国際比較」と、書評はあげる。イギリスやオランダでは中学生になると傍観者が減って、いじめを止めに入る仲裁者が増える。日本では傍観者が増える。「空気を読み、大勢に順応するのが『大人』の振る舞いだという日本的な規範をしっかり身につけていく子どもがいじめを加速している」と伊藤さん。だとすれば、なんとも皮肉な教育的成果だというしかないが、この指摘は鋭い。

   「これを反転させることこそ先行世代の役目ではないか」とも伊藤さんは強調する。これはまさに、見逃せない一面をついている。

(ジャーナリスト 高橋俊一)

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