2024年 5月 3日 (金)

霞ヶ関官僚が読む本
日本家電業界の苦境にみる 大きなビジョンと野心の「欠如」

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   我が国の名門半導体企業のルネサスを米国ハゲタカ(?)ファンドのKKRが買収する意向との報道に先日接し、思わず本書を再読した。KKRは、米国食品大手ナビスコ社の経営陣が1989年に仕掛けた自社買収(MBO)に対し、敵対的買収で参戦したプライベイト・エクイティ・ファンドであり、本書はその買収劇の顛末を描いた企業ノンフィクションの古典。

   『BARBARIANS AT THE GATE』(ブライアン・バロー、ジョン・ヘルヤー、邦訳:『野蛮な来訪者 RJRナビスコの陥落』)。20年以上前に出版され、今でも世界のロングセラーである。邦訳は絶版だが、日本の若いビジネスマンの方にはぜひ原書を読んでいただきたい。

米国企業人のアクの強さと市場原理主義のダイナミズム

『BARBARIANS AT THE GATE』
『BARBARIANS AT THE GATE』

   本書を読んで感じるのは、米国企業人のアクの強さ、そして市場原理主義のダイナミズムである。とにかく、登場人物たちのキャラが立っている。MBOを仕掛けたナビスコ社長のジョンソンは、カナダの片田舎出身ながら米国企業を渡り歩いて全米第19位の超名門企業のトップに上り詰める。彼は、24のゴルフ会員権を保有し、10機もある通称「ナビスコ空軍」の社有ジェット機を自分の飼い犬の移動のために使用するなど、絵に描いたような「強欲経営者」。その一方で、人懐こく冗談が得意なお祭り男、政財界に人脈を張り巡らせ、政商として君臨する。

   対するKKRの若き総帥クラビスは、猛禽類の目を持つ情熱家。さらに、「マフィヤのボス」あるいは「狂犬」と綽名されるような、さまざまなウォール街のプレイヤーたちが登場し、26億ドルの買収案件を巡って、大乱闘を繰り広げていく。

   買収劇の推移は、「事実は小説より奇なり」を地で行く逆転劇の連続。KKRの参戦、そして第三勢力(ファーストボストングループ)の突然の登場で、ナビスコ経営陣の仕掛けたシナリオは狂い、ガチンコの白兵戦に突入していく。この間、株価は50ドルから100ドルまで跳ね上がっていく。

米国産業界と金融界の衝突と融和

   1980代後半の米国産業界を席巻したLBO(他人の金を多用した買収)は、地域の雇用や、健全で保守的な企業文化を破壊するなど、多くの副作用をもたらした。また、この頃から制御不能になりはじめたウォール街の「カジノ資本主義」は、20年後のリーマンショックをもたらす。他方で、本書の主人公たちのような、強烈なエゴをもった経営者達が、米国企業社会のダイナミズムを形成し、最先端の金融技術を駆使しつつ産業の新陳代謝を実現してきたことも事実である。換言すると、産業界と金融界が、衝突と融和を繰り返しながら、ビジネスモデルを不断に進化させてきたのが米国資本主義だ。

   翻って思う。我が国の産業界・金融界は、キャラの立ったプレイヤーが大きな物語を作り出しているだろうか。苦境が続く家電業界の再構築を見ても、産業界・金融界のどちらにも、大きなビジョンと野心を持って、再編・再生のシナリオを描くプレイヤーがいないように感じてしまう。だからこそ、KKRがルネサスを買ったら何が起きるだろうかと、妄想してみたくなるのだ(結局、ルネサスは日本の官民連合軍が救済するようだが)。

   蛇足ながら、本書のもうひとつの魅力は、その迫真の描写力である。冒頭シーン、ジョンソンと顧問弁護士が、フロリダの大湿原に沈む夕日を眺めながらLBOを決断する下りは、映画のワンショットのようだ。他にも、役員会やレストランでの謀議の模様がテープ録音のように再現されている。米国調査ジャーナリズムの凄さを実感させる一冊である。

経済官庁(審議官級) パディントン

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